Life is like children playing house.

非二元、ノンデュアリティ、悟りからの目覚め。

やってることをやめることでわかること

はじめに

はいどうもー!
おはようございます。タクさんです。
みなさんご機嫌はいかがでしょうか?

皆さんは就活ってやったんでしょうか?
僕はと言いますとねぇ。
あまりちゃんとやってこなかったんですよね〜。

ほら、就活生って自己分析とかもしっかりやったりするらしいじゃないですか。
そんなのやったこと無いんです。

ま、僕の場合、仕事がデザイナーってこともありますのでね。
自己分析とか以前に、実績みせたらだいたいわかっちゃうというのもあるんでしょうけどね。

だから、自己分析とかものすごく苦手なんですよ。

ま、あれって正直な話、ウソですもんね。
みんな結構盛ったり、受けが良さそうな自己をつくりあげるわけでしょう?
でも、やりすぎると後からそのウソを隠すのも大変ですもんねぇ。

私はやる気と根性だけは負けません!とか言っちゃったら後が大変ですもんね。

 

・自己分析って装飾されちゃうよね

そんな自己分析ですが、真面目に自己分析をしたとしても、
じゃあそれが本当の自分なのか?と問われると、これもかなり疑わしいものですよね。

そもそも、その自己分析って、仕事の上でのものですもんね。
そして、仕事の上の自分ってかなりの装飾がなされてますもんね〜。

盛りに盛りまくった自分。みたいなことになっちゃってます。
そして盛りの部分を取っていくと何も残らなくなっちゃったりしてね。

つまり、いくら分析したところで、ちょっとした傾向は見えてくるかもしれませんが、本当の自分像って見えてこないんです。

自分とは何者か?
とは僕らの最大の問いでもありまして、
探ろうとすればするほどよくわからなくなったりするんです。

・自分がやってることって意外とよくわかってない

同様に、自分が今何をしているのか?何を考えているのか?
ということも、僕らは意外とわかってなかったりします。

今考えていることなんてわかるでしょ。
って思うかもしれませんが、何かを考えているときって、何を考えているのかについては無意識になってしまっているんです。

更に僕らって2つのことを同時に考えることができませんのでね。
「今何を考えてるんだろう?」
って思った時点で、
「何を考えてるんだろう?」と考えてる。
になっちゃうんですよね〜。

変な話、今考えていることを考えで掴み取ることってできないんです。

・思考のほとんどは大したことない

ま、考えてることじゃなくて考えてたことを知るには、思ったことを編集せずそのままノートに書きなぐってみるとよくわかります。
そして同時に、
「そんなに大したことを考えてないよなー。」
ってこともわかったりするんです。

なんか高尚なことを考えてるつもりでも、ほとんどはつまらないことだったり、ただの繰り返しだったりが大半なんですよね。

つまり、
自分を探ろうとか、自分の考えを知ろうとすればするほど抜けられない沼にハマってしまいますし、しかもいつも考えていることの大半はどうってこと無いことばかりだったりするんです。

・やってることをやめることでわかること。

そんなわけでして、僕らは普段、やっていること、考えていることって意外とよくわかってなかったりするんです。

そして、それをつかもうとすればするほどハマってしまうというわけです。

ですのでね。
ここは逆に、考えや思考をスルーしてみるのがオススメです。

あらゆる考えをスルーしてみると、普段僕らがものすごい量の思考が湧いていたことに気づいたりするんです。

「そりゃー疲れるわ・・・」
って感じるほど、ずっとあれこれ、しかも大半はつまらないことの繰り返しをやってることに気づけるんです。

さらには、「自分」や「私」もまた思考の一部に過ぎなかったこともわかってくるんですよね〜。

やってることをやめることで、何をしてたのかがわかるって感じなんです。

 

takuteto.hatenablog.com

 

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