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Life is like children playing house.

人生はおままごとのようなもの。

あなたが受け入れられ無い「あるがまま」は、「あるがまま」じゃなかったってお話。

人生オママゴト論

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あるがままを受け入れましょう

とか、

あるがままを愛するのです。

とか言われててたりするじゃないですか。

このあるがままってのにまつわる誤解について今日は書いて見たいと思います。

例えばあなたが、
もっとお金が欲しいわぁとか、
もっとカワユクなりたいわぁとか、
もっと能力がほしい!とか、
もっと背が高くなりたいぜ! とか、

ま、そういう事を思っているとしますよね。

で、そういったことに対して、とあるエロイ先生が、

あるがままを受け入れなさい。
あるがままを愛しなさい。

あなたは、あるがままで完全完璧なんですよ。

とか言ったりするじゃないですか。

でもって、そんな言葉をきいたとしてね、

その時は、
そっかー オラってこのままでも完全完璧なんだー! わーい!
あるがままでいいんだー! ってね。

その時だけはね、そういう感じになれるかも知れません。

でも、やっぱり、

他の人を見るともっとお金を持ってるし、
背が高いし、
自分より有能に見えるし、、、 とかね、

時間が経つと元の木阿弥。

またそういうふうに戻ってしまうものですよね?

そんでもって、

ああ、あのエロい先生の言葉ををおもいださなきゃ。

だって、オラはあるがままで完全完璧なんだから。

そのままを愛さなきゃ!
あー、まだまだ自分は、あのエロ先生のように
あるがままを受け入れるまでに至ってないなぁ。

よしゃ、
もっかいあのエロ先生の本を引っ張り出して読んでみたろ!

せや!こんどもっかいあのエロ先生が開催するエロサットサンに参加してみよ!
そしたら、あのエロ先生のようにあるがままを受け入れて愛せるよになれるかも知れんけえのぅ!

てね、思っちゃったりして
本を引っ張り出してみたり、
その人の話をまた聴きに行ってみたり。

そしてまた、その時はその気になり、
全てを許し愛しているみたいな感覚になるんだけど、
またしばらくすると、、、、 みたいなね。

そんな事を繰り返しちゃうんですね。

これってね、
そもそものところで、 あるがままを違いをしておるんだと思うんですよ。

あるがままってね、
お金が無いという現実とか、
能力が無いという現実。
といったものでは無いんです。

お金が欲しい!能力が欲しい! って思ってる現象
それがただ起こっている。

それ自体があるがままなんです。

もっと正確に言うとですね。
お金が欲しい!となる前の
不足感、不安感と言ったような、
ただの名もなき感情が、 ただ、起こっているということ。

これがあるがままなんですね。

 

なので、お金がない現実とか能力がない現実

というのは、オママゴトの物語なんです。

これはあるがままではないんです。

そして、その物語に対して、
降参しようとするのも受け入れようとするのも
物語の上に重ねられる物語なんです。

あるがままとは、
ただ、単純に不足感や不安感が起こっている事。

それだけだったんですね。

そして、そのことを判断したり裁いたり

それも同時に起こっていたんです。

であるならば、
よし、判断をしたり裁いたりすることをやめればええんやな!

という風に思っちゃうかもしれませんが、そうではありません。

そういった裁きや判断が起こっていること。

それもあるがままなんです。 

あるがままはあるがままなので
何にもしようがないし何にもできません。

あるがままが起こっていることを許さん!とする心・自我が
判断、裁きをしているんです。

それを、ただ、そのままにしておけばいいと思います。
そうすると、その裁きや判断をするエネルギーが行き場を失います。

なぜなら、そのエネルギーは実体が無いモノだからなんです。


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