Life is like children playing house.

非二元、ノンデュアリティ、悟りからの目覚め。

思考ちゃんを納得させてあげる必要はありません

はじめに

ぷはぁ〜!
というわけで、おはようございます。
タクさんです。

ネコってねぇ。

「よっ!にーちゃん!ちょっと撫でてくれや!」
ってな感じで撫でられに来るくせに、
ずっと撫でてると、
「やめろやっ!」
って言ってきたりしますよねぇ。

それでも撫でてると、
フーッ!って言ってきたりしてね。

で、怒ってるからやめると
しばらくしてまた、
「よっ!にーちゃん!ちょっと撫でてくれや!」
ってやってきたりするんですよね。

カワイイです。

あとは、
軽快に部屋中を走り回って遊んでいて、
急に障害物に向かって、フーッ!て言い出したりもしてね。

まあ、そんなネコなんですけどね。
自分がフーッ!ってなったことについて、
別に落ち込んだりはしないし、
また、今後フーッ!って言うことになるんじゃないだろうか?
って、今後のことを不安に思っているような素振りは見えないんですよね。

ま、当たり前ですよね。

フーッ!ってなったら、フーッ!をやればいいし、
今後のことについて不安になる必要性なんてありませんもんね〜。

でもねぇ。
僕ら人間は、こういう必要のないことにやたらと悩んでいたりするのかもしれません。

 

わざわざ思い出してまで不安になる必要ってある??

まー、生きてりゃ怒りが湧いてくることも有るだろうし、不安に思うこともあると思うんですよね。

でも、
今を起点に考えれば、怒りや不安って過去に起こったことだと思うんですよ。

もちろん、今絶賛お怒り中!って方もおられるかもしれませんが、
それも速攻で過去になるわけですからね。

それを思い出してわざわざ不安になったり怒ったりするのってどういう趣味よ!
って話ですもんね。

それなら、いい気分を思い出して浸れば良いってことにもなりますし、
思い出さずとも、奇跡的な素晴らしい今は常にココにあるわけですしね。

また、僕らがやりがちなのは、
今後もこの怒りや不安が起こらないようにするにはどうしたら良いだろうか?
って考えちゃったりしてね〜。
余計な不安を増やしたりするんです。

そして、そのために不安や恐怖に対応できる自己を作ろうとしたりね〜。

思考や感情に制御される原因

なぜ、不安や恐怖に対応できる自己を作ろうとするのか?
というと、その奥には、思考や感情をちゃんと自分で制御しなきゃいけないと思っているからなのかもしれません。

自己というものが、思考の中の住人なので、その自己が思考や感情を制御するというのはちょっと変な話なんですけどね。

これは、自分を自分で抱っこして持ち上げようとしているようなもので不可能ですもんね。
でもなぜかそれをしようとしちゃっているんです。

出来ないことをやろうとすると、出来ないを突きつけられることになります。
そうするほどに、余計に焦りより良い方法を求め探求が終わらなくなるんですよね〜。

つまり、思考や感情を制御しなきゃいけないだとか、思考や感情を納得させようとすることが、思考や感情に制御される原因になっているということですね〜。

なるようになるし、大丈夫きっとうまくいきます。

ま、あらゆることはなんとかなりますし、なるようになります。
そして、大丈夫ですし、きっとうまくいくんです。

そんな事言うと、思考ちゃんは根拠を示せ〜!ワシを安心させろ〜!
って騒ぎますけどね。

そうやって騒いで注目させるというのも大事な思考ちゃんの仕事ではありますのでね。
言わせておいてあげたら良いんです。

別に思考ちゃんを納得させてあげる必要はありません。
納得させなければならぬ!と思うから思考ちゃんに制御されてしまうんです。
そんな必要はないんです。

 

 

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