Life is like children playing house.

非二元、ノンデュアリティ、悟りからの目覚め。

分析グセがあることに気づいてみよう

はじめに

はーい。
どうもおはようございます。
タクさんです。

みなさんはすでにお察しかとおもいますが、
まあ、僕はネコが好きでしてね。

ネコを見るとついつい近寄ってしまうんですが、
実はネコを飼うまでは、特にネコに興味がなかったんですよね〜。
だって、道端であってもなんかにらんできますし、愛想もないし、

むしろ、犬のほうがカワイイじゃん。懐いてくれるし。
ってな印象でした。

でもネコは飼ってみるといろんな可愛らしい面を発見しちゃうんですよね〜。
しかも、ものすごく懐いてくれるし甘えん坊だしね。

これを知っちゃうともうネコの魅力にどっぷりとハマってしまうわけです。

ネコという語感さえ、可愛く感じてしまいます。

ま、そんなネコですが、
ネコじゃらしみたいなのを振ると飛び掛からずにはいられなくなるってところが、
ちょっとバカっぽくてカワイイですよね。

自分の尻尾を追いかけ回したりもしますしね。

ただ、笑えるのは、僕ら人間も尻尾を追いかけ回すネコをバカにできないところです。
ネコの場合はちゃんと実体のある尻尾を追いかけ回しておりますが、
僕らは空想を追いかけ回したりするんです。

しかも、
ネコはある程度、しっぽを追いかけ回したら飽きてやめるもんですが、
僕ら人間は、体調が悪くなるまで空想を追いかけ回したりしますからね。

むしろ、人間のほうがバカっぽいと言えるのかもしれません。

 

空想を追いかけ回すクセ

僕らは空想を追いかけ回すクセっていうものを持っているわけですが、
このクセのおかげで、いろいろと便利な生活を開発したり発明したりして繁栄しているのでね。
このクセは良いことだ!と思い込んでいるフシがあるんですが、
このクセのせいで苦悩という持たなくても良い悩みを持ってしまっているとも言えるんです。

空想を追いかけ回すクセとは、言い換えると思考のストーリーによって現実を掴み取ろうとするクセとも言えるんですけどね。

僕らは何でもかんでも、この思考のストーリーで解決しようとするきらいがあるんです。

分析グセ

思考のストーリーは分離によって構成されております。
だから、あらゆることは分離しているというのはもう大前提になっているんです。

そんな分離の世界観の中で、さらに合理的かつ正しいと思われる分け方を探求するんです。

そして、
こんな思いが起こったのは、これが原因ではないか?
ここを直せば、もっとより良くなるのではないか?
と分析が始まるんです。

この分析によって、たしかに問題というものも解決されたりするので、
余計にこの分析に拍車がかかるんです。

そしてそのうち、解決の目処が立たない問題にぶつかったりもするわけです。

そうこうしているうちに、このストーリーによりのめり込み、
この世界は分離しているという思いも強く信じ込むことになるんです。

苦悩のもとにあるのは分離

この分離の概念があるからこそ苦悩は生まれてくるわけなんです。その苦悩に対してさらに分離の概念による分析を重ねて解決し、分離を加速させるうえで新たな苦悩を生産し続けてしまうんですね〜。

この分離をゲームとして遊ぶのであれば、終わらないゲームを楽しむことが出来るのでとっても楽しいわけなんですが、いつしかゲームだということを忘れてのめり込むほどに苦悩の種は増え続けてしまうんですよね〜。

そして、この遊びは車輪のように延々と回り続けるんです。

ま、高橋名人もゲームは一日1時間!とおっしゃってましたので、
ぼくらも分析グセはほどほどにして、あらゆる分析や思考からちょっと離れてみて、
ただじっとリラックスしてみれば良いと思います。

すると分離の概念や思考が悪いということでもなく、
何が良くて、何が悪いでもなく、
そういった良いや悪い、正しいや間違いという分離さえ存在せず、
そもそも、有るや無いもない。

そんな分離のなさと、そこにある安堵をきっと体感できると思いますよ〜。

 

 

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