Life is like children playing house.

非二元、ノンデュアリティ、悟りからの目覚め。

寝る前はちゃんと仮面の私も脱ぎ捨てましょう

はじめに

はいどうもー。
おはようございます。
タクさんです。

みなさん。
生物の定義ってご存知ですか?

今現在、採用されている生物の定義なんですが、
3つのポイントがあるんだそうです。

一つ目が、
外界と自分との間に膜という仕切りがある。

二つ目が、
代謝をしてエネルギーを生成している。

三つ目が、
自分の複製を作って子孫を残す機能がある。

ということです。

ちなみに、ウイルスは膜もあるし、複製もするんだけど、エネルギー生成はしません。
なので、生物ではないんだそうです。

ですが、菌は3つの条件を満たしているので生物であり、細胞もまた3つの条件を満たしているので生物なんだそうです。

こうなってくるとねぇ。
僕ら人間っていうのは、生物の集合体であり、苗床のようなものなのかもしれませんねー。

だって僕らの体は、60兆個の細胞があり、その細胞は骨の細胞を除けば、大体一ヶ月〜七ヶ月くらいで全て入れ替わり、骨についても3年ですべて入れ替わります。

また僕らの体の中には、菌や微生物もたくさん存在していて、その数は細胞を超える100兆個と言われております。
この菌や微生物がなければ、僕らの体はうまく機能しないんですよね。

その菌もまた生まれたり死んだりを繰り返しております。

ってなるとねぇ。
僕らの体って、先月とは全然違う体になってるわけでして、もう体が私だとは言えないんです。

体は、形ある何か?ではなく、どちらかというと、現象のようなものなのかもしれませんねー。

ーー

仮面の私

さてさて、
そんなわけで僕らの体は、誰かがコントロールするわけではなく自然と細胞が分裂し、古い細胞は役割を終え、内臓やらいろんなものもまた、細胞の集合体として自動的に機能しているわけです。

ここに、誰かのコントロールが入り込む余地はありません。

思考もまた、そんな機能の一つなんです。

ですが、思考はイメージの中、つまり幻想の中で仮の私ってものを作る機能があるんですよね。

この仮の私とは、いわゆる仮面のようなもので、その場その場で付け替わっているわけですが、ま、どんな仮面であれ、それは私を演じる架空の仮面であることには変わりないんです。

そんな中、思考ちゃんは、より優れた仮面を欲しがっていたりするんです。
これもまた、思考ちゃんの一つの働きなんです。

仮面とはレッテルである

僕らは、日中、ずっとこの仮面をかぶっているので、この仮面をついつい自分だと錯覚しちゃうんですよね。
また、仮面を外した自分は、思考では捉えられません。
なぜなら、そこには何のレッテルもないからなんです。
思考はレッテルのないものは捉えることができないんです。

思考ちゃんはわからないことについては抵抗があり、落ち着かないので常に何かしらのレッテルを貼ろうと躍起になるんですが、レッテルを貼った時点で、もうそれは仮面になっちゃうんですよねー。

ま、そんなわけなのでね。
あまり仮面を被りっぱなしにせず、時折ちゃんと脱いであげましょう。

かぶった仮面はちゃんと脱いで寝よう

特に、寝床には仮面を持って入らないようにしましょう。
夜寝る前は、歯を磨いたりしますよね。
その時に、一緒に仮面も脱いで寝床に入るんです。

つまり、あれこれといった考え事も、気になることも、
全て置いておいて、ただただ静かに寝床に入るんです。

僕らは、赤ん坊の頃は何者でもありませんでした。

何者であるというレッテルは、幻想の仮面につけられたものに過ぎないんです。

寝床に入る時は、そんな仮面を置いて、何者でもない本来に戻ってから横になればいいんです。

ま、寝床に限らず、いつ何時でも、仮面はぬげますけどね。
まずは、寝床から始めてみてはどうでしょうか。

 

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