Life is like children playing house.

非二元、ノンデュアリティ、悟りからの目覚め。

失敗に負の感情は必要ないかもよ〜

はじめに

はいどうも!
おはようございます。

休日に延々とゲームをしてしまって
背中が痛いタクさんです。

いやー、サイコーっすね。
子供の頃はこんな事できませんでしたもんね〜。

ゲームは一日一時間!とか言われたりしてね。
明日の分を前借りさせてくれっ!
とか、よく親に言っていたのを思い出します。

よくファミコンも隠されたりしたなぁ。

なんかねぇ。
子供の頃ってみなさんもやたらと
勉強しろ!だとか、ダラダラするな!
だとか言われませんでした??

なんかあーいうのをものすごく繰り返されて、
成績で順番を付けられて、
学校にランクがあったりして、、、。

なんてことをきっと皆さんも経てきているんだと思うんですよ。

そのせいでね。
どうにも自堕落でいることが、悪いことだというようなね。
そんな刷り込みをすごくされてきたような気がするんですよね〜。

もし、ああいう教育がなかったなら、
自堕落に過ごしていても、なんら反省なんてしなかったかもしれませんもんね。

反省っていうのはね。
もしかしたら、そういった刷り込みからくるものも、
かなり多いのかもしれませんよね。

 

不必要な反省がたくさんある

ついつい自分に対してやってしまう反省が、
ただの刷り込みから来ているのだとしたら、
その反省は不必要な反省かもしれませんよね。

しかも、僕らって反省するときって、
やたらと、自分というものを責めたりもするんですよね。

本来、反省なんてもんは、
あ、道を間違えたから、別の道を試そう。
ってね。
それだけでいいはずなんですよ。
それ以上でもそれ以下でもないですからね。

失敗に負の感情は必要ない

以前、AIがゲームを学ぶ過程っていうのを見たことがあるんですけどね。
最初は敵に突っ込んでいって死んだり、穴に落ちて死んだりなんてことをものすごく繰り返すんですよ。

そしてそのうち、敵のかわし方を学んでいったり、穴に落ちないようにしていったりするんですけどね。

それを学ぶまでに、ものすごい数の失敗をするんです。

でもねぇ。
AIってのは、別にそのことで自分を責めたりなんてことはしないんですよね。
むしろ、失敗を進んですることで学習していくって感じなんです。

ここについてはね。
ぼくらもちょっと見習わなきゃですよね。

失敗というものに、いちいち負の感情を付けなくても良いんです。
あー、こっちじゃないのか〜ってね。
フラットに感じるだけでいいんですよね。

そりゃー、自分のせいで誰かを傷つけたりすると、ちょっと自分を責めたくもなりますけどね。
でも必要以上に責めなくてもいいと思うんです。

反省は置いておく

よくよく観察してみると、
結構僕らって、自分で自分を責めている事が多いんですよね。

自分の時間の過ごし方に対して自分を責めたりとかね。
そもそもね。そんなことで自分を責めなくても良いんですよ。

たしかに、「自分を責めなくていい!」なんて聞くと、
思考ちゃんはすぐに色々と反論してくると思います。

「ちゃんと責めておかないと、今後も同じ失敗を繰り返すぞ!」
とか、
「そんな無責任だと今後痛い目をみるぞ!」
みたいな脅しをきっとしてくると思うんですよね。

それでまた、怖くなったり不安になったりするんですよね〜。

これもねぇ。
結局自分で自分を脅して、自分が不安になっているっていうね。
そんな独り相撲をしていることになるんです。

思考ちゃんは注目されることが最大の目的ですからね。
それもまた、置いておいてあげるんです。

反省は勝手に起こるかもしれませんが、起こったならもうそれで十分です。
そこであれこれと自分を責めようとしなくてもいいんです。

そして、気づいたなら
「あ、また反省して自分を責めようとしてる〜」ってな感じで
そのまんま置いておいてあげればいいんです。

 

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