Life is like children playing house.

非二元、ノンデュアリティ、悟りからの目覚め。

【悟りの話】思わせ振りな思考ちゃん

はじめに

はいよーっ!
どうもおはようございます。
タクさんです。

今日はちょっと遅刻しましたです。

さてさて。
たまにここでも言っているんですけどね。
悟った人なんてのはいてませんからねー。

みんなすでに悟っている。
っていうかね。
まあ、ソレを見て見ぬ振りをしているだけっていうことなんですよ。

髪の毛生えてるのに、
「私は生えてないよ〜ん」
っていう振りをしているっていうかね。

夢を見ながら、
「これは夢じゃないっ!」って頑なになってるっていうかね。

ま、そんな感じなんです。

だからね。
悟った人ならこうなる。っていうのもちょっと当てはまらないんですよね。
だってそもそも、すでに皆そうですから。

でね。
そうきくと、きっとこう言いたくなりますよね。

「えー!すでに悟ってるとか、すでに大丈夫とか、言われますけど、全然そうは思えないんですけど〜」

ってね。

ま、その気持はわかりますけどね。
実はここでちょっと、ボタンの掛け違いがあるんですよね〜。

 

ボタンの掛け違い

「全然そうは思えないっていうのがボタンの掛け違い??
どゆこと??」

と言いますとね。

思えるようになろうとすることが、
掛け違いになっているよーということなんですね〜。

どう思うか?
どう思えるようになるか?
って、関係ないんですよ。

すでにもう「ソレ」なんですけど見てない振りをしている。
っていうこの「振り」というのは何なのか?
といいますと、

この「振り」こそ「思い」そのものなんです。
つまり思考だということです。

ぼくらって、色んな思いに乗っかることによって、
その思いを現実だという「てい」にしてますよね。

これこそ、「振り」なんです。

そして、この思いに乗っかってる間は、
ぜーんぶ、そういう振りをしているということになるんですよね。

そして、振りをしている間は、「それ」が見えていない。
ということなんです。

振りを振りだと知ること

たとえば、動物になった振りをするとするじゃないですか。

「ボクはライオンだぞー!ガオ〜〜〜!」
とか言ったりしてね。

その時はライオンの振りをしていますので、人間ということを忘れてますよね。

ま、普通は忘れていなくて、振りをしていることを認識しているわけですが、
この振りをしているということへの認識が皆さんあまりに真剣に演じすぎてて忘れちゃってるんです。

そして、忘れているがゆえに「振り」を変えることだけに躍起になっちゃってるんですよね〜。

だから、
「こう思えるようになるにはどうしたら良いのか?」
という問いに悩まされちゃったりするわけです。

でも、そうじゃなくてですね。

思えるようになるんじゃなくて、思いは「振り」だということに気づくってことなんです。

この気づくための呼び水として、一旦、思いを置いておいてみようよ。
って話なんですね〜。

「思いを置いてみたところで、悟ったと思えるようにならない!楽にならない」
っていうのもまた、「振り」に戻ってるよ!ってことなんです。

 

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