Life is like children playing house.

非二元、ノンデュアリティ、悟りからの目覚め。

兎にも角にもお気楽に

はじめに

はいどうもー!
久しぶりにゲームで徹夜してしまった
タクさんです。

皆さんご機嫌いかがでございましょうか?

どんなゲームにハマったのか?
といいますとね。

なんか恐竜とかがいっぱいいる世界に、
ハダカで放り出されて、木を切って家を建てたり、
動物を捕まえて調理したり、
種を拾って栽培したり、
恐竜に襲われて逃げたり家を壊されたり、
と言ったようなゲームです。

なんじゃそれ??
過酷な生活やん!
って感じですよね〜。

まー生活してるといろいろとやることがあって、
飽きないものですね。

皆さんはあまりゲームをしないのかもしれませんが、
ゲームの中で空を飛んでみたり、敵におそわれてえらい目にあったりしたとしても、
実際にはどこにも行ってないし、何も起こっていないわけです。

ただ、ゲーム内ではそういう事になっているということでしてね。

さらには、ゲーム内で大変な目にあっているとしても、
「これはゲームなんだ!」
と知っていたところで、別にゲーム内のキャラがいきなり強くなったりするわけじゃありません。
ただ、ゲームをゲームと知っているだけでして、
だからといって、いきなりプレイ中のキャラが強キャラに変わる!なんてことはないですし、粛々とゲーム内のキャラは何も変わらずに木を切ったりするわけです。

なんかこれって、
思考の世界で生きているっていうのにも似ていますよね。
ちょっと違うのは、ゲームよりもより強く体感覚を感じるので、
ハマり具合がゲームどころじゃない!
ということでしょうかね。

 

生きやすくなんてならないほうが面白いかもよ

悟りだとか気づきだとか目覚めだとか。
何でも良いですけど、そういうのを知ったら、
きっと人生は生きやすくなるんだろうか?
って思ったりしませんか?

僕は以前はそういうふうに思ってたんですけどね。
そして、そういう質問もよくいただきます。

タクさんの言う「それ」を知ったら、何がどう変わるんですか??

っていう質問はもう数え切れないくらい頂いておりますのでね〜。

ただ、その度に基本的には、
「何も変わらないけど、変わらなくて良いことを知るんですよ!」
的なね。
そういう答え方をしてたかと思います。

そう言うと、大体は、
あまり納得ができないというか、ちょっと乾いた笑いで返されるというか、
なんかそんな反応だったんですけどね。

これも冒頭のゲームの話と一緒でね。
これがゲームだと知ったところで、ゲーム内のプログラムが確変するわけじゃないじゃないですか。
それと一緒なんですよね。

与えられたものの中で工夫をしてやっていく。
ということに、何ら変わりはないんです。

ゲームの達人

また、これはゲームだと知ったところで、
ゲーム内で、わざわざこれはゲームなんだ!とか言わないじゃないですか。

例えば、オンラインゲームだとしても、
わざわざチャットで、
「これはゲームなんですよ〜!」
とか言いませんよね。

言ったとしても、別にゲーム内容は変わらないわけですから。

また、本当にこれはゲームなのか?という証拠を、
ゲーム内のキャラが得ることはできませんよね。
だって、ゲーム内でのキャラは、ちゃんとゲームを演じているわけですから。

そしてこのキャラは、ゲームだと知ることはありませんよね。

キャラはキャラとしてそのまんま働きますし、
なにも変わらずにちゃんとゲームのルールの中でゲームを楽しむわけですからね〜。

ただ、もし、ゲーム内の世界のことで、
ふかーく悩んでいるんだとしたら、

「でもこれって、ゲームだから。悩むよりも楽しめることをすれば良いんじゃない?」
って言いたくもなりますよね。
ましてや、そんなゲームの中で自身を責めて苦しんでいたとしたならなおさらです。

兎にも角にもお気楽に

僕らは何もやっていないんですが、見ようによっては、ゲーム内のプログラムの範囲内では、何かができるような気もする。

でもやっぱり、何もやってないんです。

ゲーム内のあらゆることも、起こっているようで、起こっていない。
ということなんです。

もちろん、ゲームほど単純じゃないですけどね。
でももとを正せばものすごーく単純だとも言えるんです。

兎にも角にも、
色々あるでしょうが言えることは、
「ま、お気楽にいきましょーよ!」
ってことでしょうかね〜。

お気楽にいけないとするなら、それはあなたがあなた自身を責めているからなのかもしれません。

でもね。
あなたは、あなたがどう思おうと、素晴らしく素敵だ!そしてすでに完璧だ!
ということなんです。
それをあなたが認めさえすれば、お気楽に楽しめるってもんです。

認めるのに根拠や手がかりは必要ありません。必要ないものをが手放されたとき、そういうことか!と気づくわけです。

誰かの承認も必要ありません。
他の誰でもないあなただけがそれを認めればすむことなんです。

だからまずは、あなたに起こっている思いを、
なんの条件もなしにゆるしてあげれば良いんです。

 

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