Life is like children playing house.

非二元、ノンデュアリティ、悟りからの目覚め。

探求は課題探し

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はじめに

ほい。
どうもおはようございます。
タクさんです。

みなさん。
新しいゲームをするときって何から始めますか?

もちろんそれは、ルールを覚える。
これから始めますよね〜。

新しいゲームを買うときなんかは、
このゲームは一体どんなルールなんじゃい?
ってね。
そこを探ったりしますもんね。

そして、ルールを知って、面白そうっ!ってなると、
そのゲームを始めるわけです。

まあこれは、ゲームに限ったことじゃないですよね。

学校に行くにしたって、社会に出るにしたって、
そこには明文化されているものからいないものまで、
様々なルールがあって、
まずは、そのルールを知ってから遊ぶわけです。

もちろん。
人生の全ては遊びですのでね。
ゲームも人生も、ルールを覚えてそれを遊ぶんです。

ルールは自分を縛り付けて苦しめるものではありませんからねー。

だから、もし、ルールによって苦しさを感じるのであれば、
このルールから自分を解放してやればいいというわけです。

ちなみに、このルールに崇高なものも下劣なものもありません。
すべては等価値なんです。

金儲けルールの中で、金儲け遊びをするもよし。
人生の真理を探求する遊びをしてもよし。

どちらもゲームであることには違いありませんからね。

ルールに良いも悪いもありません。
あるとすれば、好き嫌いだけです。

このルールが価値観となるわけです。

価値観とは、自分が遊ぶルールのことなんですね〜。

 

探求は課題探し

僕らがね。
なにかしらのことをやろうとするとき。
はたまた、
前へ進もうとするとき、
こういうときって、何から始めるのか?といいますとね。

ほとんどの場合、課題を探すことから始めるんです。

そして、課題探しのときに何をするのか?
というと、

自分には何が足りないのか?を追求しだすんですよね〜。

そして、足りないものを特定して、それを埋めるための方策を考える。

ま、僕らが何かをするというのは、そういうことを繰り返しておるわけです。

特定のルールの中では、これを繰り返すことによって、
ルールの枠組みの中では上達したり、もしくは課題の設定が間違ってたりして上達しなかったりするわけです。

ま、
この課題探しなんですけどね。

これは、ま、ゲームをする上では役に立つんですけどね。

苦しみの始まり

ただ、僕らは困ったことに、このゲーム上の仮の自分を本当の自分だと錯覚し始めるんです。
すると、足りない自分に苦しみだすんです。

これはまるで、ゲーム内のマリオに対して、なぜ、マリオはもっといい動きをしてくれないのか?
と深刻に悩んじゃったりしてね。

ゲームをするのもおぼつかなくなってくるんです。
おぼつかなくなるので、ゲームは進まず、上達も止まり、行き詰まり、
そのことでまた悩んだりするわけなんですね〜。

ま、ゲームだから、そういう事があっても全然構わないわけなんですがね。

ゲーム内の仮の自分を、本物だと錯覚しちゃっているので、
苦悩の連鎖が止まらなくなったりするわけです。

だから、そういうときには、ワシは一体なんのゲームをしておるのか?
ということを、観てやればいいというわけです。

ゲームはゲーム。ルールはルール

僕らは観ることでゲームが終わると思ったりするわけですが、
ゲームはゲームとして続きます。

ですが、ゲームはゲームであると思い出すんですよね。

毎日頑張って観てるんだけど、何も変わらないじゃないか〜!
って思ったりするかもしれませんが、
これもまた、一つの課題探しをしてしまっている。
ということなんです。

そもそも、変える必要なんて無いんです。
ただ、僕らはとあるルールを採用しているということを忘れているので、
ルールを真実だと錯覚しているだけなんです。

ルールをルールだと知ることで、ゲームはゲームであることを思い出し、
それは、自分を縛るものではないということを改めて知るというわけです。

 

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