はじめに
はーい。
どうもおはようございます。
タクさんです。
たまたまサイコロを振っていたとします。
そこで、
奇数、奇数、奇数、、、更に奇数!
ってなったらね、
なんか、アレ?って思ったりしませんか??
これ、次も奇数が来るんじゃね?
きょうは奇数に流れがきてるんじゃね??
みたいなね〜。
また逆に、こんだけ奇数が連続できたんだから、
次こそが偶数が来るに違いない!
って思ったりするかもしれませんね。
でもね。
次に振るサイコロで奇数が出る確率は、やっぱり50%ですし、
偶数が出る確率もまた、やっぱり50%なんです。
僕らの思考はついつい流れを読んだり、この流れには何かしらの意味や意図があるのではなかろうか?
って、ついつい考えちゃうクセがあるんですけどね。
このクセにハマると、思考は変なストーリー作りに走ってしまう。
なんてこともあるんじゃないかな〜って思います。
スピ系のお話とか、陰謀論的なお話ももしかしたらこういった錯覚が元になっているのかもしれませんね。
流れ(ストーリー)をせっせと作る思考ちゃん
非二元のお話を聞いていたり、また、何かしらの体験をしたりしたときも、
勝手に流れを作る思考ちゃんが現れてくるかもしれません。
例えば、
非二元のお話は知識を沢山得ることで、ゴールに到達するんだ!
とか、
瞑想を何時間やれば、なにかが変わってくるはずだ!
とかね。
また、瞑想をするためのマントラをいくつ集めたらこの探求が終わるっ!
みたいな錯覚を感じてしまう。なんてパターンもあるかもしれません。
虚無感に襲われるというストーリー
また、よくご相談いただくのは、「私はいない」「全てに意味はない」といったことに少し触れた体験があったがために、どうにも虚無に取り込まれてしまう。
みたいなお話です。
これもねー。
あるあるなんですけど、単純に、その体験を思考のストーリーのまな板の上に乗っけちゃってるだけなんですよ〜。
ってお話しています。
思考ちゃんは、
「非二元とは、この虚無がどんどんと深くなっていくような話なんではないか?」
「もしかして、このままずっと進んでいくとヤバいことになってしまうんじゃないか?」
なんてストーリーを作ってしまうかもしれません。
でも、どんなストーリーを作ろうが、それは思考ちゃんが勝手に色付けしているだけですのでね。
「そっかー!ありがとね~!」
って言ってあげるだけで良いんです。
ほら、
子供がね。
「こんな絵がかけたの!」って持ってくる事あるじゃないですか。
そんなときに、
「へ〜!上手だね〜!良く描けてるね〜」
って言ってあげたりするじゃないですか。
そんなノリでいいんです。
でも不安感は実際にある
そう言ってあげるだけと言われても、
やっぱり、ガッツリと虚無感のようなものを感じているし、
なにかしらの不安感を感じているんですけど・・・。
って思ったりすることもあるかもしれません。
でもこれもね。
単純に、体の感覚としてどこかに緊張が起こっている。
ということだけですのでね。
あー、こういった感覚が起こってるな〜。
ってね。
特に説明するでもなく、ただただ、感覚があるということだけ、感じてみるだけで良いんです。
それ以上でもそれ以下でも無いんです。
そして、それ以上でもそれ以下でも無い!が馴染んでくると、きっとものすごーく軽くなってきますよ。
この軽さに、ただ在ってみることで、すぐに思考に頼るクセも少しずつ消えていくんです。
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