Life is like children playing house.

非二元、ノンデュアリティ、悟りからの目覚め。

【所有の幻想】この世は体験型アトラクション

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はじめに

はーい。
どうもおはようございます。
タクさんです。

最近はねー。
あまり駄菓子屋さんって見かけなくなりましたねー。
僕らが子供の頃は駄菓子屋さんはもう聖地のようなものでした。
「うさぎや行こうぜー」
なんてねー。
もう、ワクワクしながら行ったもんです。

でね。
ここで初めて、お金の価値について教わるというか怒られる。
なんて経験がある方も多いんじゃないでしょうか?

小銭をにぎりしめて、欲しいお菓子を選んで、
いざ、おばちゃんに渡したら、

「これじゃ、このお菓子は買えないのよ!」

って言われちゃったりしてねー。

僕も、これを言われたクチなんですが、
最初は、ワケがわからなかったことをよく覚えています。

なんか、「ダメ!これじゃ、このお菓子は買えない!」
って、えらい剣幕で言われたものでした。

小銭の価値はよくわからないのですが、前はこのお菓子を買ったこともあるのに、
なぜ、今日はダメなんだ???

って感じでしたねー。

ちなみに、僕が好きな駄菓子は、ベビスターと、串刺しになったベトベトのスルメイカです。

皆さんの好きな駄菓子はなんでしょうか?

 


僕らは何も所有したことがない

物を所有するっていうのはね。
一つの概念なんです。
元々は無かった発想なんです。

例えば、ハイエナは獲物を横取りすることで有名ですが、
この、横取りがズルイ!という感覚は、所有っていう概念を通さないと出てこない感覚なんですよね。

所有とは、概念であり、実際に何かを所有する者というのはいないんです。
ただ、そういう、テイにしているだけなんです。

所有という幻想

つまり、所有というのは幻想なんです。
ですが、
元々はテイにしているだけだったのが、いつしか所有を信じるようになったんです。
これは生まれつきにはなかったものです。

繰り返し教わって身につけた一つの考え方なんです。

そして、この考え方を通してモノを見てしまうクセがついちゃってる訳なんですが、
何でもかんでもこの考え方を通してみてしまうので、
「私には、何かが足りない」っていう幻想をも、生み出してしまっているんです。

テイにするのは別に良いんですけどねー。なんだか拡大解釈しすぎちゃっているんです。

そもそも、自分に何かが足りないといった考え方も、所有という概念を信じるようになった後に出てくる考え方なんです。

そして、足りない私に対して悩んだり不安を感じたりして苦しんだりするわけですが、
これは、幻想に苦しんでいるのであって、お化けを見て怖がっているのと形式的には一緒なんです。

だからねー。
落ち着いて!お化けはいないよ!
っていうのが、このブログのメッセージのひとつでもあるんですよねー。

この世は体験型アトラクション

この世は体験型アトラクションです。
体験には所有はありません。
食べ物の味を持っておくことはできませんからね!
体験も持っておくことはできないんです。

全ては一期一会というわけです。

だったら、もうめいっぱい目の前の体験を味わうことしかできることはないんです。

体験は持っておくことはできませんから、全ては起こっては消えていくんです。

良い!と判断したことも、悪い!と判断したことも、全ては起こっては消えていくんです。
ということは、そもそも良いも悪いもありゃしませんよね。
だって、起こっては消えていくものに、良いも悪いもありませんもんねー♪

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