僕らは過去に囚われることによって、未来に悲観します。
だったら、過去も未来も一切合切置いておいて、
もう今だけにしちゃえばいいじゃ無い。
「Youそうしちゃえばいいじゃ無い」
ってことなんですよねー。
ストーリーは、記憶と思考がなけりゃ成り立ちません。
そして、記憶と思考によって紡ぎ出されるもの。
それが、想像(イメージ)です。
想像(イメージ)とは妄想や夢想と同じ性質のものです。
そしてストーリーもまた同じ性質のものなんですねー。
でね。
僕らが未来を思い浮かべる時は、もうその未来はストーリー以外の何物でもないんです。
なぜなら、未来なんてものは無いですからね。
そして、過去への囚われが一切ないと、未来もありません。
未来は過去の記憶がないと作り出すことができないものなんですよねー。
その過去は単なる記憶であって、その記憶は今作り出されているものなんです。
つまり僕らは今の解釈によって、過去を作り出すんですよねん。
どういうことかというと、
今、どのような状態にあるのか?の解釈によって、
その解釈に伴った過去を記憶の引き出しから、ピックアップしてきてるんです。
その過去から類推される未来に対して悲観したりするわけです。
さて、
「一寸先は闇。」
なんて言葉はありますが、
実際に未来というものは、わかるものじゃありません。
そもそも無いものですからねー。
あるのはどこまでいっても今だけです。
そして、何かやれることがあるとするのならば、それも今だけなんです。
つまり、今を淡々と楽しむことしか、やれることなんてないんですよねー。
「えー。でも、その、今、まさに、不安を感じているんですけどー」
って思うかもしれませんが、その不安は今というよりは、過去の記憶を参照し、未来を見てるつもりになっているだけなのかもしれません。
なのでね。
想像のストーリー。
その蜃気楼の芽は早めにつんじゃえばいいんです。
つまりストーリーをスルーしてやるんです。
そのストーリーを無視するなんてとんでもない!
といった誤解が、ストーリーを展開させる原動力になってたりするわけですが、
実は、頭の中のストーリーを無視したところで、なーんの問題もありません。
一年後の自分が心配なら、その心配は一年後の自分に任せちゃえばいいんです。
実際に、一年後の自分がどこかにいるわけでもない。
ということに気がつくと、その心配も、ないものを心配してるに過ぎないことに笑っちゃうことだと思います。
それが、明日の自分でも、同様です。
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