Life is like children playing house.

非二元、ノンデュアリティ、悟りからの目覚め。

妄想(ストーリー)に戻ってきてしまうという悩み02

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はじめに

はーい。
どうもおはようございます。
タクさんです。

みなさん。
よい朝をお迎えでしょうか?

どんな朝でも、にっこりと笑ってみると、
きっとよい朝になってくれると思いますよ。

ニッコリに根拠は必要ありません。

僕ら人間は理屈じゃなくて感情の生き物ですからね。
そして、いい気分は形からでも入れるんです。

さ、ニッコリしてみましょう!

ということでねー。
今日は昨日の続きからかいてみたいと思います。
もしまだ昨日の記事を読んでいないという方は、
そちらを先に読んでいただくと幸いです。

takuteto.hatenablog.com

 

素の今

僕らはいつでも今に戻って来れます。
これって、言われれば当たり前ですよね。
だって、だれも「今」以外には存在してないんですから。

これはタイムマシンが発明されたとしても覆りません。

もし、タイムマシンで過去に戻ったとしても、
今ある場所。それが「今」なんです。

過去に戻ったとしたならば、もともといた場所だった未来は過去の記憶なんです。
そして、今ある場所こそが「今」なんです。

ちょっとややこしくなってきましたね。

「今」には何の説明もいりません。
「今」が説明された時点で、その今はもう過去の記憶に置き換えられてしまうんです。

なぜなら、説明というのは過去の記憶によるコーティングですもんね。

僕らは「今」を過去の記憶によって無意識のうちに置き換えてしまう癖があります。
その記憶によって説明された「今」はもう「今」ではありませんからねー。

そんな「今」の姿をした過去に巻き込まれたのだとしたら、
また改めて、「今」に戻ってきたらいいんです。

だって、この世は「今」しか存在しておりませんからねー。

そんな、過去の記憶を通さない「今」。
それが、「素の今」なんです。

素の今に戻るには

過去の記憶を通して「今」をみた場合、その「今」は妄想のストーリーによって語られたものになっています。
そして僕らはそのストーリーに巻き込まれてしまうんです。
では、そんな時にどうやって「素の今」に戻ってくればいいのか?
それは、妄想をやめてみればいい。ということになるんですけどね。

でも巻き込まれている時はその妄想に気づいていませんから、戻るというアイデアすらよくわからないものになってしまいますからねー。
まずは、その妄想から目覚めてみなきゃならないんです。

妄想とは、夢と同じようなものですからね。
その夢から目覚めるんです。

では、そんな具体的なコツの一例をご紹介しましょう。

妄想(ストーリー)からの目覚め

まず、目を閉じます。
僕らは文字を見るとその文字の意味を考え、モノを見るとそのモノそのものではなく、
そのモノの名前とその名前に振り分けられた意味の方をみてしまいます。

まずはそれを遮断してみるんです。

目を閉じたなら、一切の景色は消えますよね。
でも、頭の中のおしゃべりはまだ続いているかもしれません。
また、そのおしゃべりと同時に感じられる感覚も起こっているかと思います。

そこにただ、気づいてみるんです。

「ほえぇ〜。頭の中ではこんなおしゃべりが起きとるわぁ〜」
「はえぇ〜。確かにこんな感覚をかんじているわぁ〜」

てな感じでね。
そのおしゃべりと感覚を感じてみるんです。他人事のように感じてみるのがコツです。

ひとしきりその感じをただ観てみたあとに、目を開けてみてください。

今まで観ていた妄想は目の前には一切ないことを発見できると思います。
まさに夢を見ていて目を覚ました時と同じです。

目を覚まして周りを見てみると、夢で起こっていたことは一切ありませんよね。

あー!夢だったんだー!
というのと一緒でね。

あー!妄想だったんだー!
と気づけると思います。

それが妄想からの目覚めです。

あとはただ、「素の今」に在ってみればいいんです。

最初は、すぐにまた妄想に舞い戻ってくるかもしれません。
だったら、また目を閉じてみればいいんです。

「素の今」は常にひらかれておりますからね。
いつでも戻ってこれるんです。

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