Life is like children playing house.

非二元、ノンデュアリティ、悟りからの目覚め。

思考を止めるのではなく気にかけない

はじめに

はいどうもー。
おはようございます。
タクさんです。

皆さんは今、気にかけているものってございますでしょうか?
私はですね〜。
飼っている魚たちのことは気にかけていますね〜。

やっぱり朝、チェックするのは健康状態ですし、
その次は、水槽の水の状態をみて、変に濁ってないか?をチェックします。

まあねー。
こうやって気にかけるものがあるっていうのは良いものですね。

星の王子さまでも、気にかけるものがあるのは良いものだ!みたいな下りがあったかと思いますが、
ホント、良いもんです。

気にかけることで、その魚は他の何万匹もの魚の中で特別になるわけですからね〜。
そんな特別な何かがあるというのは、良いものです。

ーー

それほど気にかけなくても良いもの

ま、なので僕はこどものころから生き物を飼うのが好きだったわけでして、
何も飼っているペットがいない。という状態は物心ついて以降、今まで皆無なんです。

もちろん、生き物はちゃんと気にかけておいてあげないと生きていけないですからね〜。
気にかけるのは当然なんですが、
中にはね、僕らが常に最優先に気にかけなければならないっ!って思い込んでいるけど、実は別にそれほど気にかけなくても大丈夫なものってあるんですよ。

それが思考なんです。

僕らってねぇ。
無駄に思考のことを気にかけすぎなんです。

別に心臓の鼓動のことについて四六時中気にかけてないですよね?
足の爪の伸びる速さについても、あまり気にかけてないと思うんですよ。

思考にしたって、そんな感じであまり気にかけなくても良いものなんですよね〜。
逆に気にかけすぎると、暴走しちゃったりするんです。

思考ちゃんを最優先に気にかける僕ら

ですが僕らは、思考ちゃんのことを最優先で気にかけちゃったりしてるんですよね〜。
だから、思考が暴走する!なんてことを経験したことがある人はかなり多いと思います。
この思考の暴走も、気にかけすぎ!によるものなんです。

だからね。
足の爪の伸びる速さと同じくらいの「気にかけ」で十分なんです。

僕らの持っている一番強いクセこそが、
この思考を気にかけるクセだったりするわけなんですね〜。

考えないのじゃなく気にかけない。

僕らはついつい、思考を手放そうとするとき、
何も考えないようにしよう!としちゃうわけです。

無思考状態をなんとか保とう!
みたいなね。

なので、瞑想をしてみても、
今回は無思考状態が長く続いたから良い瞑想だった!
とか、

瞑想中にいろんなことを考えちゃった。
だからあまり瞑想がうまく行かなかった。

なんて思ったりするわけなんですよね〜。

でもね。
思考を手放すとは、「気にかけない」ということなんです。

思考が起こるのは当たり前なんです。
呼吸が自然と続いているのと同じです。

別に無理に止めようとしなくて良いんです。

ちゃーんとあらゆることは、起こっては消えていってくれますのでね。

 

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