Life is like children playing house.

非二元、ノンデュアリティ、悟りからの目覚め。

否定を肯定に変えなくてもいいよ

はじめに

へーい。
どうもおはよっすー!
タクさんどえーす。

よくね。
否定を肯定に変えようってする動きがあるじゃないですか。

確かに僕もね。
自分をかわいがってあげてね〜。
だとか、
全部許してあげたら良いんですよ。

ってなことを書いておりますのでね。

これって、否定を肯定に変えよう!ってことじゃないんですか〜?
って思われる方もおられるかも知れません。

でも、
これ、別に否定を肯定に変えよう!ってことじゃないんですよね。
否定があるなら、その否定があることをそのまんま許してあげればいいじゃん。

って話ですのでね。

何かを変える!ということじゃなくて、そのまんまにしておく。
ということなんです。

 

否定も肯定も実在するものではない

そもそも、
否定も肯定も実在するものじゃないですからね。

正しいも間違いも無いんですよね。

否定や肯定、
正しいや間違い。

これらっていうのは、ルールの中だけで存在してるものです。

そして、ルールは全て思考、マインドの中にあるものですからね。

いわば、イメージの類です。

ルールがイメージなので、肯定や否定、正しいや間違いといったものも、
イメージなんです。

だから、否定や肯定といったものも無いんですね〜。

分離は相互に依存している

でね。
面白いことに、肯定も否定も、どっちか1個だけをしていると、
両方がなくなるんです。

肯定だけをしていても、否定だけをしていても、
どっちか1個だけを採用していると、その両方がなくなってしまうんです。

なぜなら、
肯定には、否定が必要だし、否定にも肯定が必要だからなんです。

何かを否定するのも肯定するのも、いわゆる分離じゃないですか。
そして、分離というのは、分かたれた両辺が相互に関係しておりますのでね。
どっちか一方だけ。ということになると、分離じゃなくなっちゃうんですよね〜。

なのでね。
とりあえず、ウソでもいいからあるがままを許してあげる。
そうすると、否定も肯定も、そのどちらもが消えてなくなるんです。

ま、なくなると言うよりは、元々なかったものですからね。

分離の働きを無くしてやると、元々のなかったに戻るというわけです。

元々の地平線

だからね。
別に逆でも良いんですよ。
例えば、「私は◯◯ではない!」ってな感じでね。

私は心ではない。
私は体ではない。
私は思考ではない。
私は男性でもないし、女性でもない。

ってな感じでね。
ペタッとくっつけられたラベルを全部否定していったとしても、
行き着くところは、否定も肯定もない。分離のない、なんでも無い全て。
というところに戻ってくるんですね〜。

元々のなんでも無い全てというのは、思考を通してみる以前の元々の地平線なんです。

有ると無いというのもイメージの中にしかないものである

ちなみにね。
有ると無いというのも同様です。

これも単なる分離であって、イメージの中にしかないものなんです。
そして、有ると無いも相互に関連しあっているんです。

だから、有るは無いを必要としますし、無いは有るを必要としているんですね〜。

そもそも、有るも無いもないんです。
ただ、そう分けているだけ。

これは、コインの表を仮にこちら側にしておこうね。
といった具合に、ただルールでそう決めているだけで、
そのルールは実在しないものなんです。

 

takuteto.hatenablog.com