【はじめに】
はい。
どうもおはようございます。
最近は、こそっと日曜日の更新はお休みさせていただいているタクさんです。
最近の子供ってね。
なんか、ペダルのついていない小さな自転車に乗ってる子が多いじゃないですか。
そしてその代わり、補助輪のついた自転車に乗ってる子供をあまり見かけなくなりました。
あのペダルのついていない自転車になれると、補助輪なしの自転車にすんなり移行できるんだそうです。
僕が子供の頃は、補助輪自転車全盛期でしてねー。
僕も補助輪自転車でぶいぶい言わせていたんですが、
補助輪なしの自転車にはなかなか乗ることができなくてねー。
妹に先を越されたのが、少し恥ずかしい思い出です。
みなさんは素敵な自転車ライフをお過ごしでしょうか?
僕は、電動自転車じゃないとムリー!っていう自堕落な自転車ライフを過ごしております。
さてさて、
何かの拍子に、
「はいっ!私も頑張って生きていこうと思いますっ!」
みたいな言葉を聞くことってありませんか?
まー、誰かが頑張って生きていこうと思う!っていうのは、別になんとも思わないのですが、他人から、
「お前も頑張って生きていけよっ!」
とか言われると、ちょっとカチンときちゃいますよねぇ。
まーあまり他人から頑張りを強要されるのって気持ちいいものじゃありませんが、
僕は、
「へ?生きるのに頑張らなきゃならないってどゆこと??」
って思ったりもするんですよねー。
それよりも、そもそも生きるのに頑張りなんて必要ないでしょ!
って話なんですよ。
趣味とかゲームとかね。
そういうのは、頑張ったら得点が上がったり、ゲームの主人公が成長したりはしますからねぇ。
頑張ってるのは趣味とかゲームに対してなんですよ。
そこに仕事も含まれておりますけどね。
【呼吸も鼓動も勝手に起きている】
そもそも、僕らが物心つく前からもうすでに十分生きていたわけでしてね。
勝手に髪の毛も爪も伸びてくれますし、背も伸びてくれます。
呼吸のやり方を頑張ってマスターしたわけでもありませんし、
心臓は今も適切に鼓動を打ってくれております。
お腹が減れば、そのような合図が送られてきますし、
食べたいものの好き嫌いもこれまた自分で決めたわけでもないんです。
そもそも僕らの命は生命エネルギーの表現であり、このエネルギーをコントロールしている者は存在しておりません。
だから、生きていくことに頑張る余地なんてないんですよね。
生きるをしている主体者は存在していないんです。
【生きるに関してはもうお任せしておけば良い】
まー、皆さんも初めて自転車に乗る時は、多少頑張ったかもしれませんが、
初めて歩いた時って頑張りましたか?頑張ってませんよねぇ?
寝たきりだったのが、ハイハイをし出して、そのうち立って歩くようになる。
この辺の過程で、
「くそっー!うまくできなかった。くやしい!でも頑張るっ!」
なんてねぇ。
やってないんですよ。
そして、そのうち言葉を覚えていくわけですが、
言葉を覚える以前には、
「来月の食べものを確保しておかなければならない!」
「ああ、親に何かあって、明日から食えなくなったらどうしよう!」
なんてことは、思ってもおりませんでした。
赤ん坊は、究極の弱者のはずなのに、
なーんの心配もなかったんですよね。
これは、言葉を通して世界を観る。
つまりは、ストーリーの世界を生きる(ふり)をし出した時に始まったことなんです。
【自分を責める必要性は一切ない】
ま、「とはいえ、こういう場合は・・・」
みたいなね。
そんな思考は出てくるかと思います。
でもまあ、きっと大丈夫ですよ。
どっちに転んでも、今できることしかできないわけですから。
できることだけやれば良いんです。
もちろんね。頑張りたいことを頑張ってる!そんな人をディスってるわけではありません。
ただね。
頑張れない自分を責めなくても良いんだよ。ということなんです。
それは、なぐさめているわけではありません。
ただ、
地球は平らで、海をずっといくと奈落の底に落ちてしまう!
っていう恐怖はしなくて大丈夫だよ!
だって、地球は丸いから!
って言っているのと同じように、自分を責める必要性なんて一片もないよー!
ということなんです。
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