おっはようございやす!
タクさんです。
しかしま~なんですねぇ~。
いや、何でもないんですけど、、、。
ほら、
こういう話って、シンプルすぎて言葉にできない。
とか言われてたりするやないですか。
その辺のことについてね。
ちょっと今日は書いてみたいと思うんですけどね。
んー。
なんていうか、こういう話をしてる時に、
一番ジレンマを感じたりするのはね。
僕が何かを知ってたり、何かしらの立場をとっていて、
そのことを説明してるんじゃないんですけどね。
どーしても、そういう具合に捉えられちゃったりすることもあるよねー。
ってことなんです。
僕は、何かを知ってるかしこじゃなくて、アホですのでねー。
かしこじゃなくて、アホで大丈夫やで。
みたいな話なんですよねん。
ま、アホを擁護するわけじゃないですけど、
かしこってね。
アホあってこそ。と言いますか、
アホに包み込まれてるその中でしか存在できないんですよ。
かしことアホは同レベルの対比じゃなくてですね。
アホにやさしーつ包み込まれたその中にね。
ちょこっとイメージとしての「かしこ」が存在しておるわけです。
ま、あんまり、かしこ、アホで書いてるとわけがわからんようになりますので、
この辺にしておきますけど、
シンプルすぎて気づかない。
言葉では表現できない。
っていうのはね。
なんていうか、言葉を超えた、知識を超えたモノだから。
と言えば、そうなのかもしれませんが、
でも実は、そういった壮大な大げさなものじゃなくてですね。
単に、言葉や思考、理解っていうのはね。
実は本質にふりかけられたイメージ上のスパイスのようなものでして、
言葉の中にも、思考の中にも、理解の中にも、ホントは本質ってないじゃないですか?
例えば、味噌ラーメンの本質は、まさに実物の湯気が立った美味しい「アレ」であって、
味噌ラーメンという言葉やレシピの中には、味噌ラーメンの実体はありませんよね?
それと一緒で、
全てのモノについても、言葉や思考で理解された事の中には実体ってないやないですか。
でも、どこかで、全ては言葉や思考で片付けられる。
みたいなね、信念のようなクセがございましてね。
その中に答えを探そうとしちゃったりするんですよね。
そのクセが見抜かれるっていうだけの話しなんです。
見抜かれると、そのことは既に知ってたことも知るんです。
というか、もうそれがそれであって、全部ですので、知る以前の認識?
認識以前の「在る」なんですけどね。
そうなると、今まで絶対的に思考や理解で常に補強しておかなきゃエライ目にあうで!
っていう誤解も解かれていきます。
手ぶらで良かったんやん。心配は不要やん!って知れるんです。
それはどこかにあるわけでもなく、
わしがワシや!
っていうくらい、自明のことやったのに、どこを探し回っておったんや!
ってことなんです。
せやのでね。
わからんままで、わからんの中に一回リラックスしてみると良いと思うんです。
そうすると、今まで通り、理解して掴もうとするクセがむくむくと湧いてくると思うんです。
その時に、
おまえかー!クセの正体は!ってゆ~てやってください。
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