Life is like children playing house.

非二元、ノンデュアリティ、悟りからの目覚め。

思考の巻き込みをシャットアウトする魔法の言葉

はじめに

はぁーい。
どうもおはよーございやすっ!
関西出身のタクさんです。

まあでも上京してから結構経っちゃったので、
じつはもう関東の方が長いんですけどねー。

でも関西に帰って街の人が話す関西弁を聞くとやっぱり落ち着きます。

関西弁ってあまり小難しい敬語がないのも楽なんですよねー。
とりあえず、「はる」をつければ敬語っぽくなるっていうところがありますもんね。

さて、そんな関西弁ですが、
僕が好きなフレーズは「ちゃうちゃうちゃうんちゃう?」も捨て難いですが、
やっぱり、「知らんけど」と「知らんがな」かなーって思います。

最後に、知らんけどをつけるとなんていうか深刻さが消えてくれますからねー。

一見深刻そうに聞こえる話も最後に「知らんけど」をつけるだけでなんか柔らかくなりますもんね。

あと「知らんがな」はあらゆる問いを無効にしてくれるという気楽さがあります。

やっぱり気楽さっていいですよね。
この世に本当は深刻なものなんてないんですが、ぼくらってついつい深刻さに飲み込まれることってありますもんね。

そんなときは「知らんけど」と「知らんがな」を語尾につけるだけでこの深刻さのるつぼから解放してくれるような気楽さを感じられるってなもんです。

 

・根拠は幻想

僕らっていうか、いわゆる思考ちゃんって、
なぜか根拠っていうものを結構大事にしてたりするんですよねー。

そして、確かな根拠があればそれは正しいし、根拠がなければ疑わしい。
っていういわゆる迷信みたいなものを結構信じていたりするんですよ。

だから、なんにでも根拠を求めちゃったりするんですよねー。

そして、僕らがこの思考ちゃんに飲み込まれるのも、
この根拠っていうのを探し始めるのがきっかけになるんです。

いわゆる探求っていうのも思考ちゃんの働きなんですけどね。

この探求ってのも結局は根拠探しの旅だとも言えるんじゃないかな?
って思うんです。

・思考の巻き込みをシャットアウトする魔法の言葉

そんな根拠の幻想から目を覚ましてくれる合言葉。
これこそ、「知らんけど」と「知らんがな」だと思うんですよ。

例えば、
あなたはすでに完璧なんです。

だから、
「私は完璧だ!」でもう間違い無いんですよね。
あなたはすでに目覚めているし、もうソレそのものなんです。

でもここで思考ちゃんがチャチャを入れてくるじゃ無いですか?

本当に完璧だと言える?
私はまだ悟ってないんじゃ無いか?目覚めてないんじゃ無いか?
その根拠と言えるものがどこにあるの?

って感じでね。

このチャチャをふせぐためにも
「私はすでに完璧だ!」のあとに「知らんけど」を付け加えておくんです。

そうすることによって、根拠という幻想が入り込む余地をなくす効果があるんですねー。

・知らんがな

また、思考ちゃんはあれこれと
「これは問題だぞ!」
だとか、
「私はもしかしたら足りない存在なのかもしれない」
ってなことを行ってくるじゃ無いですか。

そんなときも思考ちゃんは、あれこれと幻想である根拠を示してきますよね。

あの人と比べて私は足りない。
平均と比べて私は足りない。

ってな感じでね。

そんな思考ちゃんの問いかけに関しては、
「知らんがな!」
でいいんです。

だって、あれこれ言ってるのはあなたではなく思考ちゃんですのでね。
思考ちゃんが勝手に根拠遊びをやればいいだけなんです。

だから、「知らんがな!」って言ってやればいいんですよねー。

そうすることによって幻想に巻き込まれなくてもすむんです。

 

 

takuteto.hatenablog.com