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Life is like children playing house.

人生はおままごとのようなもの。

自分で許していなかったことが、ホントは許されていて、それを知ると、ちょっと照れる。

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くっはっー!

あけましておめでとうございます。

元旦ですなー!
おとそですなー!

今年もどうぞ宜しくお願いしますね。
と、いうわけで、いつも通り始めていきたいと思います。

▪︎▪︎▪︎

子供の頃、よく爆竹で遊んでたことがあるんですけどね。
ほら、爆竹って束になってるんですけど、それをほぐして一個ずつ使ったりしてたんですよ。
でも、一個になった爆竹って、導火線が短いんですよね。
なので、火をつけたらすぐにパーンッて鳴るのでね。
すぐに手放して投げなきゃならんわけなんです。

でも、良く失敗して耳元でパーンッてなることがあるんですよね。

そうなったら、もう耳がキーンってなるんですよねー。

で、もうそうなったら、取り乱してしもうて、
あ、、、、あかん。。。
耳のキーンがハンパない事になっとる。

うわぁー!
耳が聞こえへん!耳が聞こえへーんっ!

って大騒ぎするわけですが、

友達に「大丈夫か?タクちゃん!」
って言われて、

「あかんっ耳が聞こえへんようになったみたいやっ!」
「あかーんっ!あかーんっ!大丈夫やないみたいやー!」
ゆーてたら、
「大丈夫やないってゆーてる時点で、聞こえとるやんけ!」
なんて言われてね。

ちょっと照れたりしてたわけです。
大騒ぎしてただけにね。。。


■■■

 

「それ」って、ありのままの事なんですけどね。
そのありのままが明らかになってきますと、
今までの、自分に対して許していなかったことが全部許されてた。
自分でも気づいていなかった罪悪感に気づいて、それも最初っから許されてたってことが明らかになってくるんです。
自分は常に包み込まれていて、でもって、完全に許されてて、
その感じに心の奥から安堵する感覚です。

でね、その時にちょっと照れるんですよね。

この時の照れは、何なんやろう?
って考えて見たんですけど、
それって、許されてたって言うか、
全て許されている全体の中で、自分が許して無かっただけで、
許されてないっていうテイにして、そのテイに苦しんでたんやん。

って言う感じで、

なんか、耳きこえてるのに、
耳が聞こえないー!
って騒いでた時の感覚に似てるなーってかんじたんですよねー。

全ては、完璧で、許されてるんです。

なんて良く言われてたりしますが、
もっと突っ込んで言うと、
許すとか、許されてるとか、
そんなもんも最初っから無くて、

ただ、何もない中で、自分で正しさをこしらえて、
こしらえた正しさに合わないものを間違いだとして、
その間違いに自由を奪われるっっていう自分を作り出していたっていうねー。

ちょっと、恥ずかしく、ちょっと照れるような、、、
そんなことが起きておっただけなんですよね。

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