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Life is like children playing house.

人生はおままごとのようなもの。

自我ちゃんの抵抗は自然なもの

自我ちゃんのクセ

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雨は大地を濡らすのが仕事。
風はビューって吹くのが仕事。
そして、自我ちゃんは自分の安全を確保することが仕事。

これらは自然現象のようなもんなんですよね。

だから、抵抗がまだ自分に残ってる〜。
なんて思うかもしれませんが、
それは、それでいいんですよねー。


抵抗を取り去ろうってのは、
これもひとつの自我ちゃんの動きだったりするんです。


なので、取り去ろう!取り去ろう!ってやってても、
自我ちゃんの動きはいつまでたっても終わらないんですよね。


これは、終わらなくていいんです。


自我ちゃんは、自分の安全を確保するのがお仕事ですのでね。


それがたまに拡大解釈されて、あれも危険!これも危険かもー!
ってやってるんです。


「ウッス!ご苦労様です!」


ってな感じで、お仕事を続けさせてあげる感じでいると、
自我と自分っていう密着が、最初から無かったことが見えてくるんです。


ああ、この自我ちゃんのお仕事もひとつの風物詩なのね。
って見てあげれば良いんですよねー。


見てあげるって言っても、見てる誰かもいてませんので、
ありゃりゃ、この風物詩だけがあるのかー。


てなことになるんですけどね。


じゃあ、その風物詩だけしかないってことになるんですけど、


ほら、意識せずとも、僕らって生きてますよねぇ?
その生命感って、言葉にならずともなんとなく在ったりするんですけど、
それと風物詩はおんなじもんなんですよねー。


ふぁ!
生命が、イノチとして、踊っておる!


それが、自然そのもので、自然以外にはなーんにもなく。


自然がもう全部なので、在るとか無いとかの区別も無意味になる。


あっちゃー!やっぱり在るだけやん!
てなことなんですけど、


ま、なんて言いますか、
抵抗が抵抗としてそのまま起こってることを許してあげたら、


なんていうか、抵抗が無くなる。


っていう、ヘンな逆転っぽいことが起こるんですよね。


そのまま起こってることへの反発。
シンプルなそのまんまの現実に対する反発が抵抗だったわけで、
その抵抗があるのを許してあげたら抵抗がなくなる。


ありゃま!
抵抗を無くそう無くそうってのも、抵抗やったんですか。


じゃ、やっぱり一人相撲してたことになるんですか。


ってな感じなんです。

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