Life is like children playing house.

人生はおままごとのようなもの。

自分を捨てるのが怖い?

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私はいない。とか、
降参する。サレンダーする。
とか、そういった言葉を聞くと、ふと思ってしまいがちなのが、
自分を捨てるのが怖いという思いです。

私がいないになるには?
降参するとは?
それには、今までの自分をすべて捨ててしまわなきゃいけないのか?

それは、寂しいし、
やっぱり怖い。

いくら全部自動的で、
すべてはあるべきように現れているとか言われても、
それに委ねるのか?
けど、怖いんですけど。。。

みたいなね。

ま、委ねるんです。といったようなことも本当は違って、
そんなんもないんですけど、

この自分を捨てるというのも、そんなんもないんですよね。

■■■

では、自分を捨てるってどういうことなんでしょう?
てなことを考えてみたいと思います。

エロい先生方は、みんな口を揃えて、
「私はいません、それは概念です。」
とかいったことを言ったりしはります。

と、いうことは、

今、私の中にある、この「自分」という感覚。
それを捨てれば、私はいないという「それ」になれるんとちゃうやろか?

と思っちゃったりするんですよね。

そうか!
よし!
ほなら、いっちょ私も、自分を捨てたろ!

と思ったりもするんですが、

けどやっぱり、
いい思い出もあったし、
好きな部分もあるしー。
とか考えちゃったりして、

また逆に、
悟りなんて、「なんでもOK!完璧だー。」
とかそんなん言ってたりして、
そんなん、ひとでなしやん!

そんな冷たい人になるんやとしたら、
そんな悟りなんていらんわ!

わたしゃもっと誠実に生きていくんやー!
やめや!やめや!
自分を捨てるなんて、アホらしい!

とか思っちゃったりしてね。

いろいろと考えてしまうんですけど、

それって、自分を捨てるとか、捨てないとか、
そういったことが、できるという前提があってのことですよね。

でも、
自分って捨てることなんてできないんですよ。

うん。
無理です。

「私は自分を捨てて、この修行に捧げているんです!」
とか、
「自分を捨てて神に捧げているんです!」
といった考えもあるのかもしれませんけど、

それは、捧げてる自分というのをやってますしね。

そもそも、どうやって捨てるんでしょう?
捨てられるんでしょうか?

ゴミ箱に捨ててしまうというわけにもいきません。
だって、そんなもんないんですし。

じゃあ、はい!すーてたっ!
と捨てたことにするんでしょうか?

それこそ、オママゴトですよね。
そんな演技したところで、捨てたことにはなりません。
何も変わってないんですしね。

燃やしてしまうわけにもいかないですし、

そもそも、どこにあるんですしょう?
その自分って、、、
ってことになるんですよね。

と、いうわけで、捨てることなんてできないんですよ。
だって、それは捨てれるようなものでは無いからです。

この自分というのは、いわゆる現象なんです。
現象というのは、エネルギーのようなものです。

波とか、風のような感じです。
実態がある何かではないんです。

だから、捨てられません。

この現象みたいなものに、個別性みたいなものを感じていただけなんです。

今までの自分だと思っていた好きなところも、嫌いなところも、
これをどうにかする必要は一切ないわけなんです。

捨てることができないものに対して、捨てるのは嫌だとか、
やっぱり捨てたくないとか思ったりするのは、意味がなかったわけなんです。

なくなるのは、この現象を個別性として認識していた誤解が解けるということです。

なので、パーソナリティがなくなることはないんですよね。

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