Life is like children playing house.

非二元、ノンデュアリティ、悟りからの目覚め。

探求の奥にある恐れ

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あなたがすでに「それ」なんです。

「それ」とは全てであり、全てとはもう完璧だということであって、
完璧ということは、無条件の至福であるっちゅうことなんですねん。

条件付きの幸せはここにはありませんのでねー。

条件を探しても見つからないわけです。

そんな中で僕らは何かぽっかりと自分に穴が空いているような、、、。
そんな感覚を感じてたりするんですよねん。

せやから、その穴を埋めなきゃならん!って思うわけです。

 

その穴をうめるべく、
愛情あるパートナーシップだったり、ソウルメイトだったり、
お金だったり、イケメンさだったり、引き締まったお腹だったり、
はたまた、悟った状態とかね。

色々あるわけですがね。
そういうもので埋めようとしてるんですよね。

そういったものはうまく手に入る場合もあれば手に入らない場合もあるわけです。

ただ、実際に穴があるわけじゃなくて、この穴はでっち上げられた穴ですからね。
なんぼでも作り上げられちゃうわけです。

例えば、お金を得た!と思ったけど、次は健康だったり、愛する家族だったり、
と次の埋めるべきものを探す旅が始まるわけです。

原因は結局、穴が空いとるという誤解の設定やったわけで、
せっかく何かを手に入れたとしても、結局穴が空いているという誤解が発生する土台がある限り、なんぼでも埋めなきゃならんものが出てくるわけなんですよねー。

しかもその材料はその時のさじ加減ですのでね。

悟りの体験だって同様で、そう言った体験があったとしても、
じゃあ次は、その状態をずっと保てるようになろうとしちゃったりするわけです。

その穴が空いとるという誤解が欠乏感を生み、
その欠乏感が探求を促しておるっちゅうわけです。

なので、大事なことなのでもう一度言いますよ。

あなたがすでに「それ」なんです。

もちろん、そう聞いたとしても、まだ欠乏感は起こってるし、
到底そうは思えないんですけどー。

って感じるかもしれませんけどね。

その欠乏感があるままで、
あなたがすでに「それ」なんです。

そして、「それ」は無条件の至福なんです。

どうしても、無条件の至福。
なーんて聞いちゃうと、「至福」の方に目が行きがちですけどね。

その至福をかざりたてる修飾子として「無条件」があって、
その「無条件」とは最大級である!
みたいな感覚としてね。
感じられちゃうかもしれません。

でもこれ、実は違って、無条件=至福なんです。

イッコールなんです。
同じことなんです。

大事なことやから言葉を変えて2度ゆうとるんです。

単に無条件ってだけだと、条件がない???で???
ってなりますし、至福だけだとキラキラキラーン♪ってなイメージだけが先行しちゃったりしますのでね。

至福はキラキラしておりません。
もっと、素な感じなんです。

キラキラは条件になっちゃいますのでね。

無色透明っていう感じなんです。
なので、静寂って表現されてたりもするわけです。

ま、とういうわけでしてね。
大事なことなんで3回言いますが、

どんな欠乏感を感じていようとも、それを感じたままで、
わからなーい♪のであれば、そのまんまで、
あなたがすでに「それ」なんです。

でも、やっぱり確かめてみたいですよねぇ。

それならね。
一回そのまーんまにしておいて見たらいいんです。
すると、どうしても何かをつかみたいっっていう衝動を感じ取れるんですよね。

その衝動を抑えなくてもいいので、その衝動の奥にある欠乏ちゃんをみてあげたらいいんです。
多分、理由なき欠乏ちゃんがいてると思うんです。

そしたら、その欠乏ちゃんをどこかに追いやるでもなく、抑え込むでもなく、
喜んで迎え入れてあげるんです。
抱きしめてあげるんです。

心から抱きしめてあげられたなら、
もうこの欠乏ちゃんを追いやる理由は無くなります。

すると、穴が空いていたとしても、埋める必要がなくなるわけです。

そして、そのまんまで全然大丈夫やん!という事実を発見するわけです。

そのまんまで大丈夫なんや!が発見できた時、
このままじゃダメだー!という思いがいろんなストーリーを作り上げとった事を知るわけなんです。

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