Life is like children playing house.

非二元、ノンデュアリティ、悟りからの目覚め。

幻想の世界と、真理の世界が生み出すジレンマ01

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目の前の現実だと思っていたのは
幻想のようなもので、物語みたいなものなんですー。

ってね。
よく言われてるじゃないですか。
僕なんかもこのブログでよく言ってますし。

で、そういうのを聞いたら、
目の前の現実とは違うところに、
幻想や物語じゃない真実があるって思ってしまいますよねぇ。

で、そういうのを探したくなるんですよね。

で、探してると、
それは探求のエネルギーであって、
その探求があらゆる物語を作り出してるんです。

って言われたりしてね。

え???

探したらあかんのん?
じゃあどうすればええのん?

って思うもんなんですけど、

そのどうすれば良いのだろう???

って何かをつかもうとするのが探求のエネルギーなんですよん。

ってなことを言われちゃうわけですね。

ん?
じゃあ、何もしないってこと、このままでいいってこと?

でも、このままだと何か違和感があるから、
こういった話にたどり着いたわけで、
このままの目の前の世界は幻想とか物語だって言うから
真理を探そうとしてるわけで、

これじゃあ堂々巡りじゃないかーーーー!

ってね。

思ってる方もおられるかもしれません。

中には、起こることをコントロールする誰かはいません。
起こる時に起きて、起きてないことは起きてないだけです。

なので、それが起こる時は勝手に起こるんです。
そして、全ては起こっていて起こってないんです。

ってね、
言っておられる先生もいてます。
あ、多分、僕もそんなこと書いてますよね。

するとね。

なにそれ?
悟りって宝くじみたいなもんなの?
エントリーしてなくても勝手に起こってるのん?

ってねー。

そんな風に思っちゃったりする人もいるんじゃないかなー?
なんて思うんです。

先生に、この辺りを細かく突っ込んで聞いてみても、

「言葉では説明できることじゃないんですぅ〜。」
「あ・し・か・ら・ず」
「アロハオエ〜♪」

なんて言われたりしてね。
釈然としない人もいると思うんですよね。

わからない自分に妙な罪悪感を感じてみたり、
逆にアロハオエ〜なんて平和的な笑顔で言ってるさまにイラッときちゃったりしてね。

いや、
だれもアロハオエなんて言ってないわけですけど。
例えばね。。。

まあでも、
「言葉では説明できないんでスゥ〜♪」
って言ってくれてる人の方がどちらかと言うと良心的で、

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なんてね、言われるよりはよっぽどましだったりするんですけどね〜。

というわけで、
今日はこの釈然としない事について書いてみよっかなー。
って思ったわけなんですけど、
アロハオエ〜♪のくだりとかを書いていたら、
ちょっと長くなってきちゃったので、
明日に続きたいと思います。

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