Life is like children playing house.

非二元、ノンデュアリティ、悟りからの目覚め。

自我ちゃんは、僕らに与えられたギフト

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スパイス能力というギフト

はーい。
どうもおはようございます。
タクさんです。

皆さんは、どんな食べ物が好きですか?
ぼくはねー。
結構辛いものが好きなんですよね。
とはいっても辛すぎるものはダメなんですけどね。

実は辛さというのは味じゃないというお話を聞いたことがあります。
あれってちょっとした痛みなんだそうです。

だから子供は結構、辛いのが苦手だったりするらしいんですよね。

辛い食べ物たべてると、熱くなって、汗が出てきたりもしますよね。
あれも実は痛いからなんですねー。

そう思うと、
辛い!辛い!と言いながら、
汗をだらだら垂らして、激辛ラーメンをすするって、
もう変態ですね。

痛みに耐える快感ってもしかして、人間だけがもつ変態要素なんじゃなかろうか?
なーんてね。
そんな妄想も膨らみます。

さてさて、
そもそも、料理にスパイスを加える。
味を変えて楽しむのもまた、人の持つ能力の一つかと思います。
僕はネコをかっていますが、ネコは基本、料理はしませんからねー。
味の好き嫌いはありますけどね。

このスパイスを加える能力。
これはそもそも素材をより楽しむための能力です。

だから、素直に楽しむスパイスを選べば良いのは至極当然ですよね。
わざわざ、にがくして食べるべし!ってねぇ。
にがいのが好きなら、それでいいんでしょうけど、そうじゃないのにそうしちゃうのは、本末転倒です。

 

この世界はスパイス

さて、僕らがもつスパイスを加える能力。
これはなにも料理だけに発揮されるわけではありません。

実は、僕らの体験や僕らの世界。
これらにも、僕らはスパイスを加えているんです。

僕らの世界は、観るもの、感じるものでできています。
これらの体験は気づきの中にただ起きております。

この体験は、ダイレクトにただ起き、そして去っていきます。
ここに意味も理由もなく、ただ起こっているだけなんです。

それは、無色透明、無味無臭なんですね。
でも僕らには、そこにスパイスを加える能力を持っています。

このスパイスは、イメージを作りストーリーを作れるという能力です。
この能力で持って、僕らはこの体験に意味を与え、味を与えることができるというわけですね。

まさに、この世界をより楽しむために、その能力が使えるわけです。
だから僕らの人生は色鮮やかに咲き乱れることができるわけですねー。

無色透明の中に意味というスパイスを加える

イメージ化して、ストーリーを作る過程で、比較の概念も入ってきます。
そして、この比較によって、時に喜び、時に悲しみ、
そして、ひがんだり、うらやんだりするわけです。
そのうち、このひがみは、「自分の足りなさ」を生じさせ、
この足りなさをバネに、より何かをなそうとしたり、諦めたりするわけですね。

これもまた、色鮮やかに人生を彩る材料になっているわけです。
そうやって、なんでもないものに色を加えて、頭の中の物語をつむぐことができる。
さらには、その物語を共有することで、現実としてあつかうことさえできる。

つまりは、高度なおままごとができる。

ただのなんでもない体験をそうやって遊べてしまうんですよねー。

スパイスを目一杯楽しむ

だからね。
せいぜい遊べば良いんですよね。
そして、あまりにその遊びに深刻になってしまった時には、
一度、始まりの「ココ」に帰ってきたら良いんです。

「ココ」は常にずっと在るものですからね。
架空の色付けを止めれば、無色透明な全てがちゃんと包み込んでいてくれるんです。

スパイスなんてややこしい言い方をしましたが、これこそが、自我ちゃんであり、エゴちゃんです。
自我ちゃんやエゴちゃんは、より「今」楽しむために与えられた、「今」を加工する能力であり、ギフトなんですよね。

もちろん、加工された「今」は「今」ではなくなっちゃうんですが、僕らはついついこの遊びに夢中になりすぎて、ちょっとだけ「今」を忘れちゃってるだけなんです。

そんな時は遊びの手を止めて、いつでも「今」に戻ってこれるんです。

 

takuteto.hatenablog.com

 

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