Life is like children playing house.

非二元、ノンデュアリティ、悟りからの目覚め。

ありのままは、どうあっても、ありのまま♩

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ありのままでいる。

ってね。

どうにかしようのないものなんですよね。

何て言いますか、もう、何してても、それがすでにありのままなんですよね。

ありのままでいよう!ってしてる時点で、ありのままじゃない自分がいるっていう思い込みがあるからで、
じゃあ、このありのままじゃない自分のエゴ的な考えを取り除こうとしてみたり、
あー、ありのままじゃない自分があるから、
なんかえらい不安感が襲ってきてるわー
なんて思ったりすることもあるかもしれませんが、

それも、もうありのままなんですよね。

不安があっても、それでええねん。

ってことがね。
なんていうか、本当に腑に落ちたとするなら、
どうやったって、もう既にありのままですやんっ!

ってことが、明らかになったりするんです。

なんか、もうホントに何にもすることなかったし、ただそれが見えてなかっただけでねー。

ま、よくよく考えたら、ありのままなんですから、もう既にそうで、ありのままから離れたことなんてないわけなんですけどね。

そのありのままの中で作られたほんの一部分だけ、
自分っていう観念の中に閉じ込められた部分だけを全部とみなし、外と内とを分けることによって、
ホントは見えてるんですけど、外の部分は自分じゃないので、コントロールしづらい何かとみなし、内の部分はコントロールすべき何かとみなして、
それでもコントロールできない自分に、
時には、自己嫌悪してみたり、
時には、罪悪感を持ってみたり、
そういった思考の迷妄の中をさまよってみたりしてね。

そのどちらも、コントロールしようのない、実体のない幻想のようなものやったんです。

でね。

ただあるのは、純粋で無垢で、完全に真っ白なそれそのものがあるだけで、それが全てなんです。

真っ白な映画のスクリーンに、どんな映像を写そうとも、白のスクリーンが汚れることはないのと同様に、
完全で完璧な汚れなき「それ」そのものが、
ありのままとして、一瞬も離れたこともなくあるんです。

それが、あなたの本質なんですよねん。

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