
はじめに
どもー!タクさんです。
いやー、やっぱり年末になるとやや忙しくなってくるものですねー。
まあ、そんなことない方もおられるかも知れませんが、
皆さんはどのような師走をお過ごしでしょうか?
さて、
子供の頃ってね。
どんなおじさんも、ただのおっちゃん。
どんなおばさんも、ただのおばちゃん。って感じでしたよねぇ?
子供の頃、父親の会社の運動会ってのがあって、
そこに連れて行ってもらった時、父の同僚や上司や後輩に会ったわけですが、
みんなただのおっちゃん!でしたもんねー。
「このひとは偉いおっちゃんなんやで!」って紹介されたりして、きっと父の上司なのか会社の偉い人だったと思うんですが、やっぱりただのおっちゃんとしか思えなかったですもん。
「何で偉いの?ふつうのおっちゃんやん!」ってゆーてましたもんねー。
それが不思議と大人になってくると見え方が変わってきてしまって、
有名な人だとか、でかい会社の社長さんとか、高名な学者さんとかね。
そういう人を特別とみてしまったりしますし、
学歴やら経歴なんてもので見え方が変わっちゃうっていうねー。
なんか変なクセを身につけてきちゃうんです。
本当は、みんなただのお兄さん、お姉さん、おっちゃん、おばちゃんなんですよね。
子供の頃は「ただのおっちゃん・おばちゃん」として自然に見えていたんですが、
どうも大人になるにつれて、役職とか肩書きとか「変なクセ」がついてしまって、ただの人として見るのが難しくなっていくのかもしれません。
変なクセが見え方を変える
この「変なクセ」って、実は人を見るときだけじゃなくて、
人間そのものに対しても働いている気がするんです。
人間は他の動物よりもいろんなことをよく知っている。
人と動物は別モノだ。
みたいな見方もやっぱり変なクセによるものだと思うんですよ。
そもそも、人の考えなんて、ネコが尻尾を追い回してクルクルしてるのと同じなんですよね。
本人は真剣だけど、外から見れば「まあそういう遊びしてるんやね」くらいのものです。
昨今、よく「分断」が進んでいる!「分断」はダメだー!
右だ左だ!みたいな論調ってよくあるじゃないですか。
あの芸能人は右だ!とか左だ!みたいなこともあったりして、
「あの人が左なんてショック。尊敬してたのに右側だったんだ!」
ってねー。
あれも、もしかしたら、人間を特別視するから。
変なクセで人を見るから分断するんじゃないか?って感じちゃうのかもしれません。
特別視はどこからくるのか?
人だって、「これが正しい!あの考えは間違いだー!」って言ってるのはネコが尻尾を追い回してるのとさほど変わらないんです。
それをなんか真実であるかのように感じちゃうというのであれば、
それは「見る側」に変なクセがあるにすぎないんです。
特に有名な人の言葉だったりすると、
「あの人があんなことを、、、、!」って思っちゃったりもしてねー。
でもこれだって、ただのおっちゃんかおばちゃんが言ってるだけなんです。
ネコが「にゃー」と鳴いてるのと同じようなことなんですよねー。
ネット上での言い合いも猫の集会でニャオニャオとネコが鳴いてるのと同じです。
もし、誰かの言動で怒りが湧いてきたりする場合は一歩立ち止まって、
「ネコが鳴いているようなものだ」
って思い直してみると、こっちの「変なクセ」もスルッとほどけたりするんです。
そうすると、人って案外かわいく見えてきたりしますよーん。