Life is like children playing house.

非二元、ノンデュアリティ、悟りからの目覚め。

【混ぜるな危険!】正義と攻撃を混ぜないという知恵

はじめに

どもー!
タクさんです。

思考ちゃんっていうのは、常に何かしらの色メガネを通して、その色に世界を染め上げてしまうっていう働きをするわけです。

目の前のなーんでもないものに、色をつけて解釈するんですが、
やっかいなのはこの色付けに無自覚なんですよね。
だからこれが素の視界だと思い込んじゃってしまうんです。

とはいえ、この色付けの仕組み自体は悪いことではありません。
むしろこれこそが思考ちゃんの働きであり特性であるわけです。
ですので大事なのは、
「へぇー、こんな色に染め上げてるのかー」
って気づいていることなんですよねー。

事実は無色です。ただ無色のままだと思考ちゃんは捉えられないんです。
ですから思考ちゃんはそこに色を加えて解釈し、ストーリーを展開していくんです。

ストーリーにハマっちゃうのも自然なこと

僕らは時々、そんな思考のストーリーに深く入りこんだりしますよね。

たとえば「自分は足りない」っていうストーリー。

これは、思考ちゃんが大好きなテーマのひとつなんですが、
入り込むと妙に説得力があって、気づけば完全にハマってしまいます。

まあハマってしまうことはある意味仕方がないことでもあるので、
ハマらないように頑張らなくてもいいわけなんですが、
ハマってるなーって気づいてあげればいいんです。

そして気づいたなら、
「あー、ハマったねぇ」とちょっと笑って見守ってあげればいいんです。

ただ、そんな数ある思考の色メガネの中で、
ちょっと要注意な色メガネがあるんですよねー。

それが「正義の色メガネ」ってやつです。

正義の免罪符

正義って悪の反対の概念なわけですから良いモノのはずです。
もちろん正義というのは、大切な価値観だし、
正義があるから助けられる命や守れるものもあるわけです。

人それぞれの正義があって当然ですし。
その多様さはとても健全です。

ただこの正義ってやつが、正義の名の下に他者を攻撃してもいい!っていう免罪符になってしまうと厄介なんですわー。

SNSなんかでも結構ギスギスしてるじゃないですか!
正義の名の下に他者をボロクソに貶したりしてねー。

そして、当人は正義だから良いことをしているって気になっちゃうんですよね。
これが要注意なんです。

攻撃が正当化されるストーリー

これが起きると、

「自分のほうが正しい」
「あいつは間違っている」
「だから攻撃しても仕方ない」

ってなもんで、
「攻撃が正当化されるストーリー」にすり替わるんですよね。

正義のつもりで言ってることが、
いつの間にか他者否定や排除になってしまう。

そして「私は正しいことをしている!」と酔っちゃうんです。
この酔っ払いは、酒やドラッグよりもタチが悪いものかもしれません。

そもそも実際には正義も悪も存在していません。
本来どちらも「思考の色付け」でしかありませんからね。

正義は悪くはないが攻撃と混ざると危険

正義自体は悪くはないんですよ。ただし正義が攻撃と混ざったなーと感じたらちょっと一旦立ち止まってみた方がいいかも知れません。

それは「正義の色メガネ」が変形しているサインですからねー。

「あ、もしかしてちょっと攻撃モードに変わった?」
と気づければOKです。
だから、色を否定するんじゃなくて、
「おっ、正義の色が強めに出てるねー」
と気づくだけでオッケーなんです。

 

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