
はじめに
はいどうもー!
タクさんです。
みなさん今日もやってますかー!
ま、仕事だったり家事だったり勉強だったりゲームだったり、
あれこれと考えなきゃいけないことや締め切りに追われてたりと、
いろいろと忙しく感じるものですよねー。
朝起きて、最初は「あ!もう朝か!」って感じるところから1日は始まるわけですが、
始まった途端、今日のタスクやらなんやらが頭の中に溢れてきて急に体が重くなるって感じる方もおられるかもしれませんね。
僕もよく、そんなタスクのプレッシャーに朝から悩まされてたことがよくありました。
まあでもね。
こういった、当たり前に「私」がやっていると思っていること。
これって、ホントに誰かがやってるわけじゃないんですよね。
そんなフレーズはよく聞くかと思いますが、「へぇー」とは思いつつもやっぱりそうは思えないしなーって感じてる方も多いかと思います。
今日はそんな誰も何もしていないについてのお話です。
やってる感じがするのは、ナレーションと演出
たとえば洗濯してるとき。
干したり畳んだりしてると、「私がやってる」って思いますよね。
疲労感も感じますし、面倒だったりしますもんね。
でもよく見てみると、いちいち細かく調整しなくても手は勝手に動いてるし、なんなら意識せず終わってることもあったりするかと思います。
そんな時でもあとから「私がやった」と思考ちゃんがナレーションしてるんですよね。
このナレーションがほんとにうまくてタイミングもバッチリでしかも疲労感で完璧な演出をしてくるんですよ!
そしてこれの演出のうまさが、「私」がやった!気にさせているんです。
もう職人芸を凌駕した神業と言ってもいいかもしれません。
これで人類の全てを「私」という夢の世界に留めてるわけですからねー。
体の器官って個別に存在しているわけじゃないですよね。全ては完全に連動しています。そして思考もまた完全に連動しているので、「私」がやったという演出は完璧に行われているんです。
そしてその体も体とそれ以外に分かれているわけではなく全体と完璧に連動し調和しているんですよね。
解釈すら「私」がやってない
でね。ここでちょっとややこしいのは、その「私がやった」という解釈すら誰かがやってることじゃないんです。
つい「私がやった!」がただの解釈ならその解釈を変えればいいんだ!って思っちゃうものなんですが、その変えようっていう意志さえも、ただ起こってきただけなんです。
しかも自然かつなんの間違いもなく、そう起こってるんですよねー。
そう聞くと「じゃあどうしたらいいの?」ってモヤるじゃないですか?
この「どうしたら?」って聞きたくなるのも、思考のクセでしてこのクセが「私」が何かをやっているという世界観の入り口になってるわけです。
起こってることも、起こってない?
じゃあ全部、自動運転なんですか?ってなるかもしれません。
「運命なんですか!運命は変えられないんですか!!」
でも「全部自動」っていう言い方も、実はひとつのラベルなんです。
「起こっている」「自動で起こっている」「誰かがやっている」
これらのどれもが思考がつけた名前にすぎなくて、ホントのところは、
起こってるようにみえて、起こってないっていう、なんとも言えない感じなんです。
そもそもなんとか言えなきゃいけないとすら思ってないというか、どうでもいいって感じかもしれません。
だって、どう言ったとしてもそれは全体を無理やり限定化させて歪ませてるだけですからねー。
思考は因果関係やストーリーが大好きだから、「これがこうなった」と理由づけたくなるけど、その物語も実は、ぜーんぶ後付けで付け加えられたストーリーなんです。
気づきはただ自然に起こる
そしておもしろいのは、「気づこう」としなくても、ふと気づいてるってことなんです。
たとえば「私が頑張らなきゃ!」って思った瞬間、
「お、また“私”の物語が始まったな〜」と観察できるんですよね。
頑張らなきゃっ!と思った瞬間、別の思考で「だるいな!」が合いの手を入れて、
同時にお腹の辺りがちょっと重たくなって、その重さに不快感を感じたりしてね。
この一連の流れもちゃんと観察できるんです。っていうか観察せずともごく自然に気づいてるんですよね。
つまりネタはあがっとるんです。
なんていうか、ちゃんとバレてたんです。
そして、観察した瞬間にまた思考が
「じゃあどうふるまえばいい?」「これからどうすれば?」と動き出す。
その働きもまた、ただ気づかれてるんですよねー。
誰もなにもしてないし、ちゃんと動いてる
「誰も何もしてない」なんて聞くと、なんだか不安になるかもしれません。
「じゃあ、どうすればいいの?」って思ったりしてね。
でもそんなふうに「何かしなきゃ」に注目するクセがあるな〜って気づいてれば、それで十分なんです。
しかもすでに気づいてますしね。
そしてそのまま、いつも通り家事したり、話したり、笑ったりすればいい。
そこに失敗も成功もありません。
そして「ほんとは誰も何もしてないんだよね〜」っていう、この気楽さにたまに立ち返ってみればいいんです。
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