
はじめに
どうもー!タクさんです。
みなさん素敵な日常を味わっておられますでしょうか?
さて、今日は「本当は全てどうでもいいことなのでは?」と言うことについて書いてみます。
ほら、僕らって日々いろんなことをそれこそ真剣に考えてたりするじゃないですか。
「ちゃんとしなきゃいけない」
「成功しなければいけない」
「失敗したらヤバいことになる!」
ってねー。
でも、例えば思春期の頃って、やたらと学校でどう見られるか?とか好きな人に好かれたい!みたいなことを常に考えてたりしませんでしたか?
前髪を切りすぎて愕然としたり、朝、鏡の前で前髪に変なクセがついてたりしたら学校に行きたくなくなったりとかね。
服がダサい!と言われたら帰りたくなったりしてねー。
でもこれって、今思うとはっきり言ってどうでもいい話じゃないですか。
何をそんなつまらんことで必死になってるんだ!ってことですもんね。
昔は大人にもそう言われたような気もします。
もっと小さな時は欲しいおもちゃを買ってもらえるのかどうか!が人生の一大事だったりしたものですが、それだって今思うとどうでもいいことですもんね。
今ぼくらが考えていることだって、これと同じようなことかもしれませんよね。
あとで後悔するかもしれない!って思いに僕らってついつい縛られがちですが、そもそもそんなことは将来の自分にお任せしておけば良い話であって、存在すらしていない将来の自分にそんなに気を使う必要なんてありませんもんね。
・意味に縛られるって本末転倒だよね
そもそも僕らは「意味」というものに結構縛られがちで、
これには意味がある。これは意味がないって考えがちなんですが、
そもそも「意味」というものに何かしらの正解なんてものは存在しないんです。
あらゆる事柄は意味があって起こってるわけじゃなく、意味は常に後付けでつけられるものですからねー。
すべての出来事は、ただ起こってるだけです。そして、そこに意味をつけてるのは、いつだって自分の頭の中なんです。
しかも後付けなんです。
ある人は雨の日には「最悪な天気」と思うだろうし、別の人は「落ち着くなぁ」と思うかもしれません。
これって、雨そのものに意味があるんじゃなくて、単に後付けされたものに意味があると思い込んでいるだけ。
人生のどんな出来事も、それ自体に「良い」「悪い」があるわけじゃなく。誰かに評価を決められるものでもありません。
つまり、そもそも「意味」と言うものは存在してませんし、存在していないものに縛られる必要もないものだったんですよね。
・「どうでもいい」は自由への翼
意味がないんだとしたら、全てはどうでもいいんだ!ということになるわけですが、
「全てはどうでもいい」という言葉は一見、無意味でつまらなくみえるかもしれません。
でも違うんですよ。
これは意味に縛られなくてもいいよーってことなんです。
あるがままのあなたを遠慮なく輝かせて良い!という自由への扉なんです。
好きなことをやってもいいし、やらなくてもいい。そもそもそこに失敗も成功もない。
もっと気楽に在ればいいんです。
つまりお気楽こそが真理なんです。