
はじめに
どもー!
オハです!タクさんです。
小さな子供って、思い通りにいかないとすぐに泣き叫んだり怒ったり、子供によっては無口になって落ち込んだり、機嫌が悪くなって拗ねちゃったり、いろんな表現をしてくれますよね?
ちなみに、あなたはどんな子供だったでしょうか?
僕はねぇ。
最初はフツーにしてるんですが、一定ラインを超えるとブワって泣く子だったような気がします。
別に、「これは理不尽だ!よしっ!泣こう!」と思って泣いていたわけじゃないんですけどねー。
なんか、「え??もしかして今、ツラい??」って思いが出てくるとそれに伴って、ツラく悲しい思いがツーンと鼻の方から込み上げてくる感じなんですよね。
そして、涙が出てきて泣くって感じです。
「あれ?あれれ?これは泣くくだりだぞ、、、。」って泣く前に、これは泣いてしまうっ!って感覚が込み上げてくるのをどこかで気づいているんですよねー。
ちなみに、大人になってからはさすがに自分のことではとくに泣かないんですが、歳をとるに従って、感動ドキュメントものにはめっきり弱くなり、涙もろくなってきました。
まあこれって、もちろんのことながら自分でコントロールしてないじゃないですか。
もちろん、大人になってくると、子供の頃のように条件反射的に怒ったり泣いたりはしなくなりましたけどね。
もし、大人になっても、怒りが抑えられない!という方は、怒りがきたっ!と感じたなら一旦数でも数えてみて、10秒くらいじっとしてみるのがおすすめです。
そして、呼吸をゆっくりしてみるんです。
そうすると、怒りに振り回されることなくうまく抑えられるかもしれません。
なんてねー。
・私はいない
ま、これはいわゆるアンガーマネジメントってやつなんですが、
こういうことを聞くと、一見、子供の頃は感情を自分でコントロールするのは難しいけど、大人になるにつれ、いわゆる自制心なんてものが働くようになり、ある程度は感情がコントロールできるようになる。
うまくコントロールできなくても、訓練をすることによってコントロールできるようになる。
一見、そんな風に見えるじゃないですか。
そう見えるせいで、僕らはまるで自分で感情やそこに伴う思考をコントロールしているかのように思い込んでいるわけです。
でも、実はこの自制心が働くようになったり、訓練してコントロールできるようになるってのも、自分がやっているわけじゃないんですよね。
ただ、そう見えているだけなんです。
つまり、解釈上、自分がコントロールしているかのように見えているだけであって、自制心を働かせるのも、訓練してコントロールするのもこれまた、自分がやっているわけじゃないんです。
勝手に怒りなどの感情が現れて、勝手に自制心が働いているだけなんです。
そして、勝手に訓練してコントロールできるようになろうとしてみたり、それに伴ってうまくいったりうまくいかなかったりしている気になっているだけだったりするんです。
・僕らに選択の余地はない
ただ、この自分は一切コントロールしていないということを思考の解釈で納得しようとしてもできないんですよね。
なぜなら、思考というのは、その中心に「自分」という概念が鎮座し、この「自分」を中心にストーリーを展開していくものだからです。
実際は僕らが映画を観ているのと同じように、あらゆることが自動的に起きては消えていく。
それだけなんです。
僕らはついつい、何かしらの問題を自分がうまくコントロールしなければならないという思い込みを持っているんです。
だからこそ、問題解決の方法を常に探求し、その答えを探し求めているんです。
だったら、探すのをやめればいいじゃん!って思ったりするじゃないですか。
でも、この思いもまた、自分がそう思ったのではなく反応としてその思考が出てきただけなんです。
つまり、自分がいると思っているから、その自分があらゆる責任を負っているという錯覚が出てくるんです。
そして、その錯覚のせいで、自分をあらゆるものと比較し、自分に足りないものをわざわざ作り上げては、そんな自分に失望したり不安を感じたりしているんです。
これは、よくよく観察してみれば、
「うわっ!まじで自分なんんてどこにも関与してないわ!」ってなことが観て取れるんですよねー。
僕らはずっとただ観ているだけだったんです。
ま、こんな話を思考ちゃんが聞いちゃうと、
「そんなの責任放棄じゃないかー!」とか言って騒ぎ始めたりするんですけどね。
そうなったら、そんな様子を暖かく見守ってあげればいいんです。
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