はじめに
はぁーい。
どうもおはようございます。
小さい頃は「とうもろこし!」を言うのに手間取った
タクさんです。
まー、みんな子供の頃は、
とうもろこし!やヘリコプターに苦戦したんじゃないでしょうか?
「トウコロモシー!」というと、
ちがうよ!「と・う・も・ろ・こ・し」だよ!
ってね。
やさしーく指摘されたって方も多いと思います。
でね。
きっとそのときに子供は初めて知るんですよ!
「え!違うっていうことがあるの??聞いた感じをただ声に出してみただけなんだけど、、、。」
ってね〜。
ま、たいていは優しく指摘してもらって、何度も言い直しをしたりするんですけどね。
あまり、間違っている?という感覚はなくて、何回か言い直してあってたりすると褒められたりするのでね。
「ん〜。よくわからんけど、褒められた!イエィ!」ってなったりしてね〜。
徐々に、正しいと間違いを刷り込まれてきたんですよね。
正しさと間違い
そこで、学校に行って、あれこれと問題を解かされたり、
点数や走りの速さで思いっきり誰かとの比較にさらされたり、
成績というもので評価されたりを繰り返し、
僕らはすっかり、「正しい」と「間違い」というものを叩き込まれてきたわけです。
べつに、こういった教育が悪い!と言っているわけではありませんよ。
とーっても大事だとは思います。
まー、時代が変わってきているのに、教育要項が半世紀ほどあまり変わっていないのはどうかなー?とは思いますけどね。
良いや悪いは気にするな
ま、正しさと間違いに分けるのは別に良いんですよ。
でも中には、敏感な方もおられて、必要以上に「正しい」と「間違い」。
「良い」と「悪い」を気にしすぎてしまうっていうパターンもあるかもしれません。
そして、常に自分の言動を心のなかでチェックして、
あれって、悪かったかなぁ。。。
これで良かったのだろうか。。。
って気にしすぎてしまう。
という方も多いと思うんですよね〜。
寝る前にビクッ!ってなったりしてね。
そうなると、ただ分けるとは違って、そこに執着してしまう。
ってことが起こっちゃうんですよねー。
そうなると、この正しさと間違いに必要以上にこだわり、
そのこだわりが、不自由さを作っちゃったりするわけです。
あらゆることに正しさってあるの?
また、どんなことにも正しさと間違いがあるという錯覚を持つパターンもあるかもしれませんね。
正しさと間違いが生じるのはルールの中だけでして、このルールというのは別に神様仏様ではなく、たんなるルールでしか無いんですけどね。
ありとあらゆることに、良いと悪いがあり、ここで良いを選択しないと大変なことになる!
なんていう強迫観念を持っちゃったりする。
なーんてこともあったりするんですよね〜。
この強迫観念を持っちゃうと、もう正しさと間違い。良いと悪いの虜になっちゃいますからねー。
常にビクビクしなきゃいけないので、体力的にも疲れちゃったりするわけです。
そして、常に、自分を比較の対象としてチェックし続けることになっちゃいますので、心も休まらないってなことになっちゃうんです。
体を休めないと、病気になるのと同様に、心を休めないと病気になっちゃいますからね。
正しさと間違いに固執するのは禁物なんです。
不安は無視してOKです。
僕らが不安を感じるときも、大体が、良いや悪い。正しいか間違いというこだわりに取り憑かれているときに起こります。
でも、正しさや間違い、良いや悪いっていうのは実際には存在しておりません。
だから、不安っていうのも実際にはないものに対して起こっている感情なんです。
つまり不安は思いっきり無視してやっても大丈夫なんです。
むしろ、無視してやったほうが断然良いんです。
断然ですよ!断然。
不安が起こった時ってね。
どうしてもそれをどうにかしなきゃいけない!
って思っちゃったりするじゃないですか。
不安は無視したらいけない!みたいな錯覚ね。
でもとりあえずは、不安は思いっきり無視してやればいいんです。
あとはやれそうなことはやって、やれないことはやらなきゃイイだけなんですね〜。