Life is like children playing house.

非二元、ノンデュアリティ、悟りからの目覚め。

悟りの呼び水

はじめに

はーい。
どうもおはようございます。
タクさんです。

手塚治虫さんの「ブラックジャック」っていう漫画があるじゃないですか。
あれってねぇ。
1話のページ数が結構少ないんですよね。
にもかかわらず、かなり濃いストーリーが1話完結で描かれているんです。
これを週刊でやってたということだけでもスゴイんだけど、
他にも何本も連載をやりながらだから、ホント神ですよね。

まあ、そんなブラックジャックのお話の中で、
注射針だったかなんだか忘れましたが、針が血管のなかに入っちゃう患者さんの話があったんですね。

その針が、徐々に心臓に向かって流れていっているということで、早く手術して取り除かないとやばいっ!みたいな話。

この話を子供の頃に読んだんですが、そのせいでものすごく「トゲが刺さる」のが怖くなった覚えがあります。

このトゲをちゃんと抜いておかないと、血管の中に入ってしまって心臓に到達し大変なことになるぞっ!
ってな妄想をしちゃってたんですよね。

実際にはそんなことにはならんのですけどね。

 

考えにハマる構造

まあそんなトゲの話みたいにね。

「あー、トゲが抜けない。やばーい!このままだと血管の中に入ってしまうぅ〜!
こわいなぁ、、どうしよう。トゲが気になるなぁ。抜けないなぁ・・・。」

ってね。
トゲだけじゃなく、あらゆる考えって、こんな感じで考えれば考えるほどに深みにハマってしまったりしますよね〜。
考えるほどにいろんな考えを呼び寄せてきて、そしてまた考えるから、またいろんな考えがくっついてきたりしてね。

その連鎖がどんどん大きくなっていったりするんだよね。

そしていつしか、

「あーいっつもやな考えが収まらないなぁ、、、。」
って感じたりしてね。

考えが起こっている時にしか「私」は存在しない

ま、似たものは集まるじゃないですが、ちょっとした考えが雪だるま式に大きくなっていって、ハマってしまうなんてことはきっと皆さんも経験があると思います。

下手したら、寝る前にひとしきり悩み続けて眠りにつき、
朝起きたら、

「あ!忘れてた!ちゃんと悩まなきゃっ!」

ってなもんで、また悩みの続きをやりだす。
なんてこともあったりします。

もうこれって、面白すぎるゲームにハマってる状態みたいなものですよね。

まあ、面白いゲームなら良いんですけど、
悩みって面白くはないですからね〜。余計に疲れちゃったりするんです。

ぼくらって、考えておかなきゃ危険だ!
ちゃんと考えていろんなことをコントロールしなきゃ!
って感じていたりするんですが、実はなんにもコントロールしてませんし、
そもそもその主体者たる「私」というものも、
考えが起こっている時にしか存在していないんですよね。

悟りの呼び水

でもこれ、逆もしかりでしてね。

よく、
今だけでいいから一切の考えを置いておいて、
今にリラックスしてごらん?
ってなことを言ってるわけですが、

じつは、それが悟りの呼び水になってくれるんです。

考えの解釈を通さずに、ただ「今ここ」で感じている感覚を感じてみるってやつです。
感覚を分析するでもなく、解釈するでもなく、ただ、その感覚とともに在ってみるんです。

するとねぇ。
この感覚と私は一体であること。解釈を通さずにただあることが静寂であること。
あらゆることはただやってきては去っていく。それが全てであること。

そんな、理解が自然とやってきてくれるんです。
連鎖的にね。

最初は一瞬しか今ここに在れないかもしれませんが、それでもやってみると
徐々に連鎖して蘇ってきてくれるんです。

僕らは、すでに「ソレ」を知っていたんです。

ま、そのまえに一旦「私」をコロすことなんですけどね〜。そうしないとすぐに「ソレ」を解釈に変えて取っておこうとしちゃうんでね。

このことについてはまた書いていきたいと思います。

 

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