Life is like children playing house.

非二元、ノンデュアリティ、悟りからの目覚め。

遺跡や歴史は時間があることの証明になるのか?

はじめに

はい。
どうもおはようございます。
タクさんです。

僕は京都出身なんですけどね。
京都ってねぇ。
ほら、古いじゃないですか。
都市としての歴史がありますよね。

だからねー。
ちょっと困ったことがあったりするんですよね。

それがね。
遺跡が結構見つかりやすいってことなんですよね〜。

でね。例えば、マンションを建設しようとした時に遺跡なんかがみつかっちゃうと、
遺跡の調査をしなきゃいけないんですよ。

つまり発掘調査ですね。

その調査の間、マンション建設は中断されますし、更にはその発掘費用も負担しなきゃいけないんですよね。

なので、個人が銀行からお金を借りてマンション建設をしようとした時に遺跡が見つかっちゃうと、家賃収入を得るのも遅れるし、ローンは払わなきゃならないし、さらには発掘費用も払わなきゃいけないっていうね。

こんなもん。下手したら破産ですよね。
だって、有り金はたいて、更には銀行からもローンを引っ張ってるんですもん。
そして、そのローンは家賃収入をあてる予定なんですからねぇ。

昔、家のじーちゃんもマンションを建てたんですが、建設中は、
遺跡出るなよぉ〜!って唸っておりました。
もし出てしまったら夜逃げじゃ〜!とか言ってね。

ま、無事に出なかったようで良かったみたいです。

 

遺跡や歴史は時間があることの証明じゃないの?

さて、なぜいきなり遺跡の話を?ってことなんですが、
いやいや、よく聞かれるんですよ。

「あんた!時間がないっていうのなら、遺跡や歴史があることについて、どう思ってるのん??」

みたいなね。
いやー。
確かに、僕も遺跡は好きですよ。
歴史も大好物でございます。

ただ、歴史っていうものは概念そのものなんですよね〜。
元々はなかったんですよ。歴史なんて。

ある時、だれかがこの歴史の概念を発明したんですよね。
つまり、この概念面白いぜ!ってな感じでね。
新しい遊びを発見した!みたいなものです。

歴史の概念を発明したのは、今の所ヘロドトスという説がありますが、
ま、世界各地である時に歴史というものが発明されたんです。
元々はなかったんです。

歴史も時間も概念である

ま、歴史という概念が発明されるのも必然でして、
僕らは言葉という知的道具を使うと同時に時間という概念も手に入れちゃいましたからね。
それが発展して歴史という概念に繋がっているわけですね。

ま、いうなれば、歴史も概念なら時間も概念であって、
これらは言葉があって初めて成り立つものなんですよね。

そして言葉というのはあらゆる概念を生み出す素地になっているわけです。

概念の全ては言葉によって構成されていて、言葉で表現されたものは概念そのものなわけです。
ちなみに、言葉は受け取られて初めて概念化されるんですよね。

うん。クソややこしいですね。
言葉は概念だよ〜!って言葉で書いちゃう事自体が、実はすでに論理破綻してしまっているんです。

歴史はすべて今の解釈に過ぎない

過去も歴史も結局全部、今の解釈に過ぎないわけです。
歴史があったというよりは、今、その解釈が作られたんです。

この解釈はあくまでも今時点の解釈に過ぎず今後も変わっていくものなんですねー。
なので遺跡の発掘も新たに作られるファンタジーの素材に過ぎないわけです。

過去というものも、記憶をもとに作られたファンタジーであって、過去というものも常に今作られる解釈なんですよね〜。

そしてこれらは全て言葉で作られます。
だからね。
真実と言っちゃうとちょっと語弊があるので、
いわゆる「それ」とか「これ」といいますが、
これらが言葉では表現できないってのは、そういうことなんです。

なぜなら言葉で表現されたものはすべてファンタジーだからなんですね〜。

目覚めとは、この言葉からの目覚めとも言えるかもしれません。
もっとダイレクトで、言葉に固定されない「これ」が目の前にでんっ!とあるんです。

じゃあなんでお前は毎日言葉でこの話を表現しとるんじゃっ!って言われてしまいそうなので、言い訳(笑)をしておきますが、

ここをもうちょっと詳しく言うと、
言葉で表現されたものを言葉で受け取るとファンタジーになるってことなんですね。

なのでね。
なにかファって心が溶ける感じがしたなら、それを解釈しようとせず、
ただそこにリラックスしてみてくださいね〜!
ってなことを言っているわけです。

 

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