Life is like children playing house.

非二元、ノンデュアリティ、悟りからの目覚め。

気づきと自分

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はじめに

はいよっ!
おはようございます。
肉の日に調子に乗って食いすぎたタクさんです。

まーそれにしても、在宅勤務だと平日にニンニクを思いっきり食べれる!
ってのが良いですよね。
家族には嫌われちゃいますが。

みなさんの食べ過ぎ事情はいかがでしょうか?

僕らって色んな色を見れたりするじゃないですか。
赤に青にピンクに黄色。
ってな感じでね。

これらの色について僕らは3色の色覚を使って判断しているんですよね。

ですが、一部の昆虫や鳥なんかは4色の色覚を持っていたり、
さらには、一部の蝶は5色の色覚を持っているんだそうです。

ただ、僕ら人間のなかにも4色の色覚を持っている人がいるんだそうです。
その人には、世界の色の見え方が違うんですよね。

特に4色の色覚を持っていると、グラデーションの移り変わりが割とくっきり見えてしまうんだそうです。

この4色色覚を持つ方は、大体クラスに1人位おられるそうですので、
きっとこのブログを読んでいただいている方の中にもいらっしゃるんでしょうね。

同じ景色をみているようで、みえている色が違うってちょっと面白いですね。

もしかしたら、僕らがみている景色は、みんなが同じだと思っているのは自分だけだったりするのかもしれませんね。

 

僕らは景色をみることができる

ま、そんなわけで僕らは景色を見ることができますよね。
そして、その景色に気づいているわけです。

つまり僕らはいろんな景色に気づくことができるんです。

では、他にどんなことに気づくことができるでしょうか?

例えば、椅子に座っている感触。
これに気づくことはできますよね。

はたまた、あらゆる音に気づくことも出来ます。

また、自分が何を感じているか?
これにも気づくことが出来ますよね。

あとは、思考。
今何を考えているのか?
これにも気づくことが出来ます。

気づいているから観れている。

目で見る景色だけでなく、僕らはあらゆることに気づいています。
気づいているから、それを感じ、それを思考することが出来ているわけです。

つまり、気づいているもの。
それって、景色と同じ類のものとも言えるかもしれませんよね。

でね。
それに気づいているのは誰ですか?
っていうと、必ず、
「それは私です」
って答えると思うんですよ。

自分が気づいているから、その景色なり思考なりを観ているんだ。
ってねー。

でも、それならね。
僕らはこの「自分」には気づくことが出来ないはずなんですよね。

なぜなら、「自分」は対象ではないからです。

気づいている「自分」は何??

では、私が気づいている自分って何??
って話なんですけどね。

それもやっぱり思考と呼んでいるものや感情と呼んでいるものなんですよね。

僕らは、それらに気づき、気づいたものを整理するわけですが、
その中に自分という引き出しもありまして、
気づいているものの中から、一番身近に感じるものを、自分としていただけなんです。

ただ同時に、気づいているその気づきはあるんですよね。

その、気づきと、景色の中の一部の「自分」としているものを、
いつしか混同してしまっているんです。

これを混同してしまっているせいで、いろいろと混乱を招いているんですよね〜。
ま、この気づきの演出。それが鏡でもあるわけですね

さてさて、ちょっとややこしくなってきましたね。
というわけで、今日はこのへんにしておきます。
また明日お会いしましょー。

いやー。食べ過ぎた。。。。

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