Life is like children playing house.

非二元、ノンデュアリティ、悟りからの目覚め。

自由意志はあるのかないのか?[後編]

f:id:takuteto:20210927225450j:plain

【はじめに】

ほーい。
どうもおはようございます。
タクさんです。

さてさて。
今日は、昨日の続きを書いていきたいと思います。
テーマは自由意志はあるのか?ないのか?です。

前編をまだ読んでおられない方はそちらを先に読んでいただければ幸いです。


さてさて。
僕らには自由意志がないのだとしたら。
もう運命に従うしか無い。
ということになってしまいます。

まあ、そもそも運命というものがあるのか?というのも、
どうなのか?って話なんですけどね〜。

思考ちゃんはストーリー仕立てでしかモノを見れないので、
運命がないとつじつまが合わせられないんですよね。

ストーリー仕立てというのは、全ての結果には原因がある。
この原因にもまた原因があるという捉え方です。

だから、思考ちゃんの世界で物を語るには、
あらゆることには原因があるわけでして、この原因にもまた原因があるわけですが、
中には、なぜそうなったのか?を説明できないものもあるわけです。

ま、説明できないことの方が多かったりするんですけどね。

でも、あらゆる結果には原因が無いと困るので、その原因として、
神という概念が使われたり、宿命という概念が使われたり、
運命という概念が使われたりするわけですねー。

 

【思考の奴隷化を粉砕する裏技】

ま、そういうわけでしてね。
自由意志がないのならどうしたら良いのか?
という答えを思考ちゃんは導き出すことが出来ないので、
運命に従うしか無い。
と解釈するわけですが、
ま、これって心許ないんですよねー。

だって、運命って言ったってこれもまた全部後付けですし、
最初から、これが運命リストです〜!って渡されるもんでもないですからねぇ。

困っちゃいますよね。

そして、確かに、脳の指令の後に意志は「わしがやった!」といったように後付けするわけでして、これらはあらゆる実験でも証明されちゃってるんですよね。

となると、
一見
「僕らはもう思考の奴隷なんじゃないかー!」
ってみえちゃいますし、

「あんた、いつも思考の奴隷になるな!」
って言ってるけど、やっぱり奴隷なんじゃないか〜!

って思われる方もおられるかもしれません。

ですがご安心ください。
たしかに、自由意志というのは、無いように感じるわけですが、実は裏技があるんです。

その裏技というのが、「スーパーキャンセル」というものなんです。

【スーパーキャンセル】

は?スーパーキャンセル??
どういうこと?

クーリングオフのこと?
アクションゲームの話?

って思われる方もおられるかもしれませんが、そうじゃないんですよ。
意志はたしかに後付けですが、従うだけじゃなくて、思考の指令をキャンセルできるんです。

これって、思考の指令に逆らうということとはチョットニュアンスがちがうので注意が必要なんですけどねー。

逆らうというのは、なんていうか思考に乗っかってることになるので、指令に乗っかってる感じなんですが、そうじゃなくてキャンセルができるということなんですよね。

思考の指令をスルーしちゃうってことですね。

これができちゃうんです。

【僕らは思考の上司である】

会社でもなんでも、色々と企画出したり提案したりするのって下っ端の仕事じゃないですか。
社長さんとかエラい人は、それを採用するかしないか?という権利を持っておるわけですよね。
だからエライわけです。

それと同様にね。
思考の指令というのも、採用するかしないか?って意志で決められるんですよね〜。

これを知っておくというのは結構重要なんです。
だから、僕らは思考の奴隷にならなくても良いんですねー。

思考の指令が、
「おい!今なら誰も見てないから万引できるぞ!」
と言ったとしても、普通しませんよね。

誰も見ていなくとも、神がみている!

なんて言葉もありますが、これもまた、スーパーキャンセルを身につけるための
コツの一つなんです。

そして、この思考の指令のキャンセルが上手い人ほど、結構いい感じになれるんですよね。自由になれるんです。
下手したら「私」からも自由になれちゃうんですよね。
だから、このスルー力を鍛えるのはオススメです。

【スーパーキャンセルを身につけるコツ】

ただ、このキャンセルできる瞬間はほんの一瞬なので、
習慣化された思考をキャンセルするには、結構上達が必要です。

そして、この上達の一つの方法として、
思考は自分ではないということを知ること。
なんです。

心理的な思考との距離を取るってやつですね。

この距離を取る練習の一つが座禅だったり瞑想だったりするというわけです。

思考をただ観ることで、心理的な距離を取れるんです。

また、無駄に自分を責めないというのもコツのひとつなんですよね。
自分というのもまた思考の一部なんです。

思考というのは責められると回転数が上がってきて、スピードも増してきますので、
キャンセルを入れるのが難しくなってくるんですよねー。

ま、思考が司令を出してきたらすかさず「知らんがな!」って言ってやるのも良いかもしれませんね。

【自由意志はあるのか?ないのか?の結論】

ま、そういうわけで、指令を出しているのは意志ではないわけで、意志というのはそれを後追いで承認しているということなんですが、ちゃんとキャンセルもできるということです。

ただ、そのキャンセルするという意志もまた、思考の指令とちゃうんか?って話もあるんですけどね。
この疑問に対してもいろんな実験が行われていたりしますが、まだそこは発見されてないそうです。
ただ、いずれ発見されるかもしれませんけどね。

こういうのって、シュレディンガーの猫みたいなことでして、
思ったことは大体発見されたりするもんなんですよね。

ただ、科学的に証明されたから真実だ!というのもまた思い込みに過ぎなかったりするわけでして、神のお告げがあったから真実だ!と言ってるのと、同じようなことだったりするんですよね。
神が科学に変わっただけっていうね〜。
そして、神や宗教と科学もそのうち融合していくことになったりしそうですもんね。

ま、この辺の話は置いておいて、

じゃあ結局、自由意志はあるのか?ないのか?という結論についても同じでね。
そもそも、ある・ない。なんてのも無いんですよね。

全ては、ある・ないに分けられるっていうのはいわゆる観念なんです。
この観念が思考の原点であり、分離の原点でもあるんですよねー。

 

▼僕のfacebookページはこちら。よかったら「いいね」してね!
コメントなどでつながりましょ〜!