Life is like children playing house.

非二元、ノンデュアリティ、悟りからの目覚め。

希望の匂い

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はじめに

はーい。
どうもおはようございます。
タクさんです。

いやー、最近はめっきり紅白歌合戦はみていませんが、
和田アキ子さんは出てらっしゃるんですしょうかね?

あの鐘を鳴らすのはあなた

という歌、結構好きなんですよね。

どこが好きなのかというと、
歌詞の中の
「希望の匂いがする」
というところですかねー。

あなたに逢えてよかった
あなたには 希望の匂いがする
つまづいて 傷ついて 泣き叫んでも
さわやかな 希望の匂いがする

この、希望の匂いっていう表現がなんか良いなぁ〜。
って思います。

希望の匂いって、良い予感って感じなんでしょうかねー。
やっぱねー。
良い予感っていうものは帯びていたいものですよね。
どんな時もね。

 

悪い予感

さてさて、
そもそも、悪い予感っていうものは、思考と感情の中にしかありません。
良い予感。希望の匂いっていうのは、もともと全てに充満しておるんです。

そして、思考というものは分離の概念の中にしか存在していない。
っていうか、分離の概念を働かせるものが思考なわけですてね。
分離と思考はセットであって、切っても切り離せないものでもあります。

だから、分離を手放そうとしてもそれはできないんですよね。

何かをどうにかしよう。
というものは、すべて思考の中で行われるものだからです。

じゃあ、何にもできないじゃないかー!
って思うかもしれませんが、

思考であれこれ考えていたとしても、実は何にもしてないしできてないんですけどね。

この辺が、パラドックスというか、皮肉な部分でもあります。

だから、何もしないようにすることも実はできないんです。

頼りのない対象

思考というものは、対象を絞り込み、その対象を評価する。ということを繰り返しております。
だから、
「なんでもないもの。それが全てなんだよ〜」
なーんてことを聞いちゃうと、

そんな、頼りのない・・・。

ってな風に感じちゃうと思います。

思考にとって、対象は良くも悪くもしっかりしていないと困っちゃうわけです。
なので、なんでもない。なんにもないというのは、不安定な感じがして、
どうにも、良い予感なんてしないかもしれません。

ゆったりと力を抜く

でもねぇ。
対象を絞り、判断を下す!
っていうね。
そういうことの一切を置いておいて、

まさに、気持ちの良い温泉に浸かるかのようなこころもちでね。
ゆーったりと、なーんにも考えずに、ただあってみますとね。

悪い予感なんてのも、一緒に消え去ってしまいます。

悪い予感は思考の働きとセットになっております。

また、思考の働きは、力を入れなきゃ働きませんからねー。

力を抜いて、ゆったりとしていると、悪い予感も流れ去っていくんです。

するとねー。
希望の匂い。良い予感がここかしこにあるんです。

希望の匂いこそが、デフォルトだったわけですねー。

なので、希望の匂いを帯びるには、ちょっと力を抜いておく。
というのが良いのかもしれませんね♪

 

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