Life is like children playing house.

非二元、ノンデュアリティ、悟りからの目覚め。

概念は世界の解像度をアップさせる

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はじめに

はい。
どうもおはようございます。
タクさんです。

まーしかし、なんですかねー。
ほんとねぇ。
僕らは

目で見たもの、
耳で聞いたこと、
肌で感じるもの、
匂いを感じたこと、
舌で感じたもの、

これらをねぇ。
ぜーんぶ別のものに加工して理解しちゃうんですよねー。
この加工するフィルターとなっているものが概念です。

そうそう、エスキモーには白という色の概念がなく、
僕らが白いと思っている雪をみても、〇〇のような雪の色、△△のような雪の色と
同じ白でもたくさんの色として表現しているんだそうです。

でもね。
僕らは雪は白!という概念しかないので、
もう真っ白!って感じてしまって、雪の世界をカラフルに捉えることはできないんですねー。

なぜ、エスキモーと僕らで、色の見え方が違うのか?といいますと、
それは、加工する概念が違うからです。

実際に見えている景色は一緒なんですよ。

でも僕ら日本人は、はい、これは全部白ね!と白という概念しかないので、
それを通して景色を加工して理解するワケですが、
エスキモーはもっとカラフルに加工して理解しているというワケです。

でもこれ、結局加工してみているという部分では一緒なんですけどねー。

白という色に関してはエスキモーのほうが解像度が高いというわけです。

 

概念は世界の解像度をアップさせる

ま、そういうわけで、あらゆることも、それを加工する概念をたくさん持っていればいるほど、解像度の高い世界を捉えることができるというわけですねー。
ちなみに僕も、白という色は結構カラフルに見えています。
これはなぜかと言いますと、僕はデザインの仕事をしていて、沢山の紙の種類を知ったからですね。
紙はたくさんありますが、白は白でも全部色が違います。
この紙で印刷したら、きっとインクの色はこんな感じで発色するだろうなぁ。
みたいなこともしょっちゅう考えてますので、
この白は青いなぁ。。。
こっちの白は黄色いなぁ。
みたいなね。
見方ができるワケですが、以前は白は白やろ!って感覚でした。

一切概念を通さない世界はまさに、生のデータそのもの

ま、そういうわけで、いろんなことを勉強すると、世界の見方はどんどん変わっていくワケでして、解像度が高まれば高まるほど、より世界は深くみることができるワケなんですけどね。

でも、この概念によるフィルターを一切通さないでいると、
もう、生データとして世界が蘇るワケです。

なんていうかねー。
もうほんとに、なんでもないんですよ!

思考はなんでもないことに価値を感じないので、
つまらなく感じるんですけどね。

世界を限定しないのはとっても解放的

でも、思考を通した世界なんてねぇ。
どんなに解像度を高くしたとしても、生データに比べればもうほんとーに限定的なんですよね。
コップなんてコップじゃないし、
扉も扉じゃないし。
ほんと、なんでもないんですよねー。
このなんでもなさが素晴らしすぎるっ!っちゅうわけなんです。

だって、どんな柵もないワケですからねー!
まさにダイレクト!なんです。

そして、世界を概念を通してみるっていうのは、
かなりのエネルギーを消費するんですよね。

概念を通してみるというのは、かなり高度な思考のエネルギーを使ってましてねぇ。
ものすごーく力を使ってるんですよね。

この力を抜いた時、ほんとものすごく大きな荷物を下ろした感覚になるんです。

概念をちゃんと概念として知るということ

ましてや、単なる認識じゃなくて、
それが不安や恐れの場合だとものすごく強力にエネルギーを消費しているワケです。
このエネルギーの膨大さをみると、そりゃー、こんなのずっと続けてたら、
病気にもなりまっせ!
ってのも納得です。

ま、そういうワケなので、概念は世界の解像度を上げてくれますので、
いろんな角度で世界を見れることになります。
それはそれで、いろんな概念を知るのはとても素敵なことなんですが、同時に、これらは概念なんだと知ると、今度は概念で作られた世界に必要以上に深刻にならなくても済むことになるんですよね。
そうするともっとこの世界のゲームは色濃く楽しくなってくるワケです。

 

 

takuteto.hatenablog.com

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