はーい。
おはようございます。
今は、半分サラリーマン。
半分フリーランスで活動しているタクさんです。
以前は完全なフリーランスでやってたんですが、
このフリーランスで活動する時にね。
税金を払うのにお得なのが青色申告ってやつなんです。
これの申請をする時に屋号ってのを決めなきゃならんのです。
でね。
僕もその屋号を色々と考えた末に、
ブライミーデザイン。
という屋号にしたんですよ。
で、名刺を作ったりしていざ活動開始!
ってことになるんですが、
ちょっと笑ってしまうのは、
取引先の偉い人なんかもね。
「ブライミーさん。」
とか言いだすんですよ。
僕のことをね。
さも当たり前のことのように。
それを聞くと、
「あー。このひと。ブライミーさんとか言ってるぅぅぅ」
「僕が作った名前やのにぃー」
ってね。おもっちゃうんですよねー。
この妙な感覚。
文章で伝わるのかわからないですが、
僕が幼稚園の時に初めて「タクくん」と呼ばれた時の
妙な違和感と似てたんですよね。
「タク????はぁ??
あ、僕のことか。。。
そういうことになってるのか。」
みたいなニュアンスなんですけどね。
まあ、名前でもなんでもそうなんですが、
言葉っていうものは、単なる文字や音の羅列に過ぎないわけなんですが、
僕らはそれに意味を付与することによって、何かを共有するツールとして使っています。
ここで共有される何かというのは、すべて仮想のものです。
この仮想のもので構成された世界観。
これが僕らが「現実」と呼んでいるものなんですねー。
この「現実」を「真実」だと見誤ることで、僕らの言葉はリアリティへと変貌するんです。
僕らはしばしば、言葉に本心を乗っ取られる。
— taku (@TakuTakuteto) 2019年8月25日
そのうち言葉の方を本心だと勘違いしてしまう。
とまあ、こういうわけなんです。
よくね。
あるがままに見なさい。
ってねー。
「あるがまま」「あるがまま」って言われてたりしますが、
その「あるがまま」を言葉で紡がれた理解の中に求めようとすると、見つかりません。
「あるがまま」とは、イメージを使って僕らは現実を作ってるよねー。
ということだからなんですよね。
もしそれを取り除こうとすれば、あなたはそれをリアリティだと認識しなければなりません。
ですから、無意識にリアリティを付与することが、自分がまさに取り除こうとしているものにエネルギーを与えているのです。
アジシャンティ
ってねー。
アジシャンティという方もおっしゃってはりますが、
まあそういうわけで、僕らはイメージに無意識にリアリティを付与しているわけなんです。
なのでね。取り除こうとする問題。
この問題をすでに受け入れちゃっておりますので、
この状態から何をしようとしても、もう大前提に
「問題がありまっせー!!!」
ということをすでに認めちゃってるんです。
この状態でいくら問題を無きものにしようとしても、
うまくいかないんですよねー。
じゃあどうすればええのん??
って話になって来るんですが、
そもそもどうにかしなきゃいけない!っていう思いが、
その問題を作り出しているということにもなりますので、
どうにもしなくて良い。
ってことになるんです。
するとね、
どうにもしなくて良いとはけしからんっ!!!
っていう衝動がねー。
出てきてくれると思うんですよね。
だったらね。
その衝動が出てるんだねということを許してあげるんです。
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