Life is like children playing house.

非二元、ノンデュアリティ、悟りからの目覚め。

単に見てみるコツ

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見ることぐらいしか出来ませんので、単に見てみたら良いんですー。
ってね。
ここでも言ってたりするんですけど、
単に見るってどゆこと?
ってよく聞かれたりしますので、
今日は、単に見てみるってことについて書いてみたいと思います。

 

まあ、単に見るってねぇ。
確かにちょっと伝わりづらいかもしれませんねー。

見るとか言われると、見よう!見よう!ってしちゃいがちですからねー。
でもそれだと、単に見るじゃないんですよね。

このね、単に見るっていうのは、
「単に」っていうところが結構重要なんです。

僕らって、何かを見ようとする時、
見るだけじゃなくて、同時に意味付けしようとしてるんですよねー。

「んん?なんだあれは?あれはどうなってるんだ??」

ってな感じでね。

見るだけじゃなくて、意味づけして掴もうとしてるんです。

僕らが何かを見ようとする時、この意味づけが自動的に起こるんです。
この意味づけをせずに見てみること。
これが「単に見る」なんです。

言い方を変えますと、自分がどんな意味づけをしてるのか?
それを見てみる、気づいていく、
という感じなんです。

例えばね。
「よーし見るぞ!」という思いに気づいたなら、
「うはっ!よーし見るぞ!とか思ってる。ウケるー。」
ってウケてみる。

「え?何をみるんだっけ?」
と思ったなら、
「うは!何をみるんだっけ?とか言ってる。ウケるー。」
ってウケてみる。

「えー?わからんわからん。いや、ふつうに歩いてる人が見えるけど、、、。」
って思ったなら、
「歩いてる人が見えるとか言ってる。ウケるー。」
ってウケてみるんです。

そして、
ヤダなーって思ってることがあったなら、
「へぇーウケるー。」
ってね。
まるで女子高生が仏頂面でスマホをいじりながら呟くように返してやるんです。

胃のあたりに重たさを感じるなら、
へぇー重いんだー良いジャーンってね。
流してやるんです。

そやって、自分が色々と意味づけているものをね、「単に」見てやるんです。
普通に見ちゃうと、この気分の悪さはストレスから来てるんじゃないか?
このストレスの原因はあいつだ!いや!この環境だ!

ってね。
さらに意味づけをやり出しますからね。

そうやって意味づけをしながらみるんじゃなくて、

あー、そういう意味づけしてるのねーってね。
意味づけをしてることに気づいていってあげるんですねー。

ちょっと、この重たい感覚はスルーしたらダメじゃん!!!
みたいな思いも出てくると思うんですが、
それをスルーしてやると、

ええ、この重たい感覚はこのまま治らないの!!
って今度は悲しい思いで泣き脅しをして来たりします。

そしたら、「泣き脅しとかカワイイ〜!ウケるー♪」
ってウケてあげるんです。

そんなことをやってますと、もう意味づけはつかみどころを無くしちゃいます。
しばらくは必死にあれこれとつかみどころを探そうとするわけですが、

そういった様もね。「単に」見てあげるんです。

「一所懸命、意味づけを掴もうとしてるのねー。ウケるー♪ かわいい〜!」

ってな具合にね。

すると、意味づけのない、お腹の奥の重さ、
不安だという意味づけが取り去られた後の胸のつっかえ。
そんなものが、意味づけなしに残って来ます。

そしたら、さすってあげて、力を抜いてあげて、ノビでもして、
あとはこの残った何でもない空間にただ、リラックスして見たら良いんです。

そこがホントのポジション、本来の立ち位置だと思い出されるかもしれません。
とは言っても、誰も立って無いんですけどねー。

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