Life is like children playing house.

非二元、ノンデュアリティ、悟りからの目覚め。

言葉にならないモヤモヤをウェルカムしてトゥギャザーしてあげたらええんです。

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朝、パッと目覚めた時にね。
もうスッキリしてて素晴らしい感情に浸っていて、
身体は軽く、知らないうちに鼻歌が出てきて、
これからの今日という日にワクワクしている。

そんな感じがずっと続いている。

っていうのならね。
もう問題なんてないわけですから、
何かをわからなきゃならない!なーんて必要もないし、
「もし必要なら、必要がある時にわかるんじゃないのーん♪」
ってな具合で、

ヨ・ユ・ウ!で
いられますよねー。

 

変わらなきゃいけないという思いがあるとするなら、
その理由は自分の中に不足感があるか、もしくは取り去らなきゃいけないモヤモヤちゃんがおるということになります。

このモヤモヤちゃんがいろんな言葉を紡ぎ出しているかもしれません。
あれがダメだ。
これはこう在るべきだ。。。
もっとこうしなきゃ。
あの人はこうならなきゃ。。。

みたいにね。

でも、この言葉を全部置いておくと、モヤモヤちゃんだけが残ると思うんです。

こんなモヤモヤちゃんをね。
「ウェルカム!モヤちゃん♪」
ってなことでね。
トゥギャザーしてあげたらいいんですよね。

トゥギャザーしてあげるってよくわからんかもしれませんが、
これはもう居させてあげるということです。

居させてあげるってどういうことかと言いますとね。

もうすでに、いてますのでね。
それ以上に何かをすることは無いということです。

トゥギャザーしてあげるっていうのは、結局のところ、
もうすでにトゥギャザーしていることを認めてあげるっていう感じですかね。

その現実を認めるんです。
これは言葉で紡がれた物語を受け入れるということとはちょっと違いましてね。
このモヤモヤちゃんを認めてあげるんです。
だって、あるんだからね。

ホントのところ、認めようが認めなかろうが、トゥギャザーしてることにかわりはないんですけどね。

認めようとせずに抵抗しておりますと、当然ながらその抵抗感を感じるわけです。
そして、この抵抗感が不快感となるわけなんですね。

あらゆることは常に変化を繰り返しています。
なぜなら全ては固定化されたモノではなく、流動するエネルギーですからねー。

エネルギーとは常に動き回るものなんですね。

そうやって現れた変化に対して、
これは、オッケー!
これは、ダメー!

っていう観念(ルール)があったとしたなら、
やっぱり、オッケーなことも起これば、ダメ〜!なことも起こるわけなんですよね。

はたまた、オッケーなことばっかり起こってたりしても、
それはそれで、ダメ〜!ってなったりもするんですよねー。

天気が爽やかな晴ればっかりだと、それはそれで困る。
みたいな感じでねー。

なので、やっぱりダメ〜なことが起こることは避けられないわけです。
そのダメ〜を生み出す観念への執着が強ければ強いほど、
抵抗感も強く現れるんですよね。

でも、実際には、そこにダメ〜もオッケーもありません。

その無さを知るほど、その抵抗感も薄〜くなってくるんです。

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