Life is like children playing house.

非二元、ノンデュアリティ、悟りからの目覚め。

原因と結果の法則の弊害

f:id:takuteto:20200414121801j:plain

はい。
おはようございます。
タクさんです。

まーいろいろとね。
問題ってあると思うんですけどねー。
ぼくらって、問題があったんだとしたら、何がダメだったんだろう?
ってね。
普通は考えると思うんですよ。
つまり、この結果に対しては、どの原因がダメだったんだろう?
ってねー考えると思うんですけどね。
ここでもう、本来はありもしない原因とか結果を作っちゃってるんですよねー。
そして、問題というのは、そう言った原因と結果を作っちゃってるから、
それに対してつじつまを合わせているだけって言いますかね。
問題というものにしているだけというか、
ちょっとイメージで大きくしちゃってるんですよね。

別に原因にそれほどこだわらなくてもいいんですよねー。

 

原因と結果の法則の弊害

僕らの思考は原因と結果をつかむことで理解するというシステムがあるんですよね。
これは、思考というツールがそういう仕組みになっているだけであって、
そこに問題は一切ないんですが、
どうしても思考に巻き込まれてしまう。
この思考に巻き込まれてしまう原因は何だろう??
ってね。
原因探しに躍起になっちゃったりするんです。
仕組みとして働いているので、原因はあるわけですが、その原因はまた結果でもあり、
結果には原因がありってなっていって、堂々巡りなんですよねー。
なので、思考に巻き込まれ無いようにするにはどうすればいいのか?
っていうのは、あまり考えても無駄というか、そもそも巻き込まれてないんですよね。
実際には。
ただ、そう思っているだけなんです。

一発逆転妄想

また、原因があるから結果があるという思い込みは、原因さえ何とかすればすぐに結果が変わる!
と思ってるんですけどね。
自分が見ている世界って、思い込みを通してみているわけですが、この思い込みってねぇ。
一晩でできたものじゃ無いんです。
だから、こうすればこうなる。
例えば。こうすれば悟れるとかね。
そんなの無いんですよね。
そもそも原因のなさを見抜くのが悟りですのでねー。

思い込みって積み上げてきたクセなんです。

あくまでも妄想

自分というのは思い込みの際たるものです。
そもそも自分というものはありませんし、誰も自分とは何なのか?って説明できないと思うんです。
思い込みはクセなので、自分のあり方もクセでできている。
このクセを修正しようとするならば、もうコツコツと軌道修正していかなきゃならないんですよねー。

ただ、クセはクセでしかない。

でもクセはクセでしかありません。
思考というものも実体のあるものじゃ無いですのでね。
例えば、自分の見る世界、状況というのも思い込みからきているものがほとんど全てと言っていいほどのものですのでね。
この思い込みを軌道修正するのは、もうコツコツとやっていくしか無いんですが、
そこに焦らなくてもいいし、必要以上に思考を怖がらなくてもいいんです。
だって、単なるクセですからねー。
是が非でもこの思い込みを軌道修正しなければならないっ!っていう思い込みから目覚めてくると、べつにそれってどうでも良く無い?ってなってくるんです。
そうなってくると、結構簡単に軌道修正がやりやすくなってくるんです。

  

※どうしてもねぇ。ブログでは伝わらないことってあるんですよね。
というわけで、お話しすると

takuteto.hatenablog.com

 

▼僕のfacebookページはこちら。よかったら「いいね」してね!
コメントなどでつながりましょ〜!