Life is like children playing house.

非二元、ノンデュアリティ、悟りからの目覚め。

ストーリーの見抜きの準備

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明日死ぬとしたら、どうしますか?

みたいなね。
質問あるじゃないですか〜。

みんなどうします??

僕ね。
この質問でやっぱり一番最初に気になるのは、
誰にそれを知らされるのか?ってことなんですよ。

その辺の人に、あなたは明日死にます。
って言われたとしても、どうするも何も
何も変わらずいつも通りにしますもんねぇ。

だって、信じられませんよね。
明日死ぬとしたら?という質問の答えは
もうみんな、ノストラダムスで経験済みなんですよ。
ほとんどの人はいつも通りにしてましたよね。

病気でもう体力もなくなってきて、お医者さんに明日までです。
って言われるのなら、違ってきますけど。

つまり、誰からどのように知らされるのか?
そこが一番大事になってきますよね〜。

てなことをふと思っていたタクさんです。
みなさん。おはようございます。

はい。

ということで今日の目次です。

 

 

影響力という力学

まあこのね。誰に言われるのかによって、態度がかわってしまうのは、
ある種、影響力っていうのが関係しているわけです。
その辺のよく知らない人に、あなたは明日死にます。とか、地球が滅亡しますとか言われても全く信頼できませんもんねー。
信頼というものが影響力を作り出しますからね。
僕らは、この影響力という力学に結構翻弄されてしまうわけです。
そして、この影響力は何を作っているのか?というと、現実感なんですよねー。
そして、この現実感が僕らを翻弄するわけです。

ここでは、この現実感こそが幻想ですよ〜って話をしているわけなんですよね。

ストーリーを見抜く準備

ストーリーというのも、僕らはこれをストーリーだとは見ておらず、現実として見ているわけです。
本当にストーリーだとみているのであれば、このストーリーは問題になっていないんです。
よく、「まだまだ、ストーリーに巻き込まれてしまうので、どうしたら良いんでしょう?」
といったような質問ももらうんですけどね。
巻き込まれているというからには、現実感を感じているということなんですよね。
つまり、ストーリーをストーリーとしてみているわけじゃなく、現実というものにすり替えているんですねー。

邪魔になっているのは現実感

僕らはついつい、巻き込まれているストーリーをなんとか収めようとしちゃうわけです。
だから余計に巻き込まれるわけなんですが、ストーリーって納めなきゃならないわけじゃなくて、起こっていて良いんです。
ここが問題なのではなく、ストーリーを現実にすり替えているところ。
ここが、ありのままじゃないよね!という話なんですよね。
問題はストーリーの中にあるわけではないんです。
もちろん、ストーリーの中にある問題が解決されればそのストーリーは消えていきます。
例えば、お腹が減ってつらい!というストーリーが起こっているのだとしたら、そのストーリーは何かを腹いっぱい食べれば消えて行くわけですからね。
なので、もし、その問題となっているものが今、簡単にクリアできるものであればそうすれば良いんですけど、そうじゃない場合は、解決策をひねり出すよりは、
「それ、ストーリーやで!」
というところをね、まず観てあげなきゃならないわけなんですよね。

落ち着こう。だって全部思考やん

では、観るためにはどうしたら良いのか?ってなるわけですが、
そこでは、まず落ち着かなきゃならないんです。
ストーリーも全ては思考によって起こっているものです。
そして、思考というのは働きなんです。
動きなんですよね。
そして、僕らは動いていることにも気づいていないんです。
だからまず動いていることに気づかなきゃならないわけです。
そのためには、ちょっと落ち着きましょう。
その問題をどうにかしようとする以前に、まず落ち着いて、どんな動きが起こってるのか、
まず、観てみましょうってことになるわけです。

瞑想やワークは落ち着く練習

よく、
「どうしたら良いのかわからないのですが、とりあえず瞑想すれば良いのですか?」
といったような質問をよくされます。
「瞑想すれば気づけるんですか?」
っていうのもよく聞かれるんですが、瞑想は気づきとは関係ないですよ〜。
ってね。僕もよく答えています。
瞑想というのは落ち着く練習なんですよね。
観るための準備運動のようなもんなんです。
自分を癒すワークも同様です。
癒されていない思いが落ち着くことを邪魔しているので、まず、落ち着きましょうということで、そのようなワークがあるわけです。
なので、あまりワークにハマってしまっても、癒されない思いなんてものは無限に作れちゃいますので、あまり意味がなかったりするわけです。
完全に癒されなくても、問題はない!ということに気づいちゃうことが先決なんです。

落ち着いたなら、やっと観ることが始められる。

アレコレと頭の中で奏でられるストーリー。
これって全部思考であって、思考は真実ではありません。
そして、思考は働きであり動きです。
歩くとか、走るというのと同じなんですよね。
歩き続けたり、走り続けると、そりゃー疲れてしまいます。
同様に思考もずーっと続けていると疲れちゃうわけです。
だから、まずは落ち着いてみる。
ということをね。
ちょっと意識してみると良いかもしれません。

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