Life is like children playing house.

非二元、ノンデュアリティ、悟りからの目覚め。

理想や常識は全部神話みたいなもん

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はーい。
おはようございます。
邪馬台国(やまたいこく)の卑弥呼(ひみこ)というのは、
大和国(やまとこく)の姫御子(ひめみこ)のことなんじゃないのー?
という説にしっくりきているタクさんです。

日本の古代史って、文字が使われていなかったからなのか?
それともまだ発掘されていないからなのか?
いろんな謎があって面白いですね。

今の日本史って、漫画の途中から読むみたいな感じで始まるんですよね。
大化の改新がありました!みたいなところから始まって、
それ以前は結構うやむやだったりするんです。

でもその前のうやむや部分では、大和の国やその他の日本土着のいろんな国が
たくさん乱立していて、そんな中、大和の国が力をつけてきて、
出雲やその他の国を倒して統一していくんです。
そしてしばらくたってから、という設定でいきなり始まるんです。

このうやむやな部分は、日本の神話から読み解くしかないんですよねー。
それが、イザナギやイザナミ。そしてヤマテラスやスサノオ。
ヤマタノオロチに、ヤマトタケルといろんなヒーローがでてくるわけです。

この辺の神話も、戦国時代の国盗り物語として読んでみると、
これまた面白かったりもします。

意外と、ヤマテラスというのは、卑弥呼もしくはその次に跡を継いだ台与(とよ、いよ)のことかもしれんぞ。。。
なんて思ったりもしております。

卑弥呼の死後、ヤマト国はいろんな王が立ち争ってたんですよね。
そしてその争いが終わらないので、台与(とよ)という正統な後継者を立てることに決まったわけですが、
戦争中はきっと身の危険を感じてどこかに身を隠してたんだと思うんですよ。
この身を隠しているこの姫にでてきてくれー!とみんなが頼んで、
お祭りをしたり、中には裸踊りをして、もう戦争してませーん!
みたいな演技をしたりして、
やっと安心して出てきた姫は王になった。
みたいなね。
そんな物語があったのかもしれません。

 

おっと、すいません。
好きな歴史の話に熱が入っちゃいました。

というわけで、まあ神話というのは面白いけど、
それって、単なるストーリーに過ぎないわけです。

ですが、僕らもいつしかこの神話に飲み込まれちゃったりしているわけなんですよねー。

僕らが抱え込んでいる理想。
そして、その理想を形作る常識。

これらもまた、神話のようなものです。

おとぎ話のたぐいなんですよね。

そもそも、常識や理想は、
自分自身を楽しませるためにあるはずなんです。

面白くゲームを遊ぶためのルールのようなものなんです。

そのルールがいつしか重りになり、自分を苦しめるようになっているのだとしたら、
もうこのルールは機能してないんですよね。

機能していないルールに縛られるっていうのは、
やりたくないゲームをし続けなきゃならないと思い込んでいることと同じなんです。

だったら、そんな理想や常識はもう無視すりゃいいんです。

僕らが持つ理想の奥には、知らない間に刷り込まれたルール、常識が隠れているかもしれません。
その常識が理想を手放すのを恐れる原因になっているかもしれないんです。

でも、そんなの神話に過ぎません。
だからもうその理想を手放すのを許してあげたらいいんです。

理想を掲げるのは別に悪いことじゃないんですけどね。
その理想が叶わないことを嘆く必要性は皆無なんですよねー。

あれは、掲げて遊ぶものなんです。
それ以上でもそれ以下でもないんです。

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