Life is like children playing house.

非二元、ノンデュアリティ、悟りからの目覚め。

イメージのスパイス

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はい。
おはようございます。
タクさんです。

ここのところ、結構疲れが溜まってたんですが、今日はマッサージにいってスッキリです。

ちゃんとサボりましょうねーとか言っておきながら、ちょっと年末の忙しさにハマっておりました。

イカンイカン!そろそろ色々とサボって、サウナに行かなければ!

 

さて、
あなたは、男性でしょうか?女性でしょうか?
おそらくどちらかだと思うですが、

「あなたは、なぜ男性として生きることにしたんですかー?」
とか
「なぜ女性を選んだんですかー?」
って聞かれたとしたら、どう答えますか?

「へ??」
「誰もそんなの決めてませんけど?」
って思いますよねぇ。

身体の特徴も、手足の長さも、
僕みたいに、天然パーマとして生まれるのかどうかも、
決めた覚えなんてないですよねぇ?

では、気分はどうでしょうか?
いい気分になろう。
ちょっと嫌な気分になろう。
寂しい気分になろう。

どういうのって決めたことありますでしょうか?

よっしゃ!
今日は、10時に、いい気分になった後、ちょっとおセンチな気分になって、
昼過ぎには、ちょっとイライラした気分になった後、夕方は寂しさに浸って、、、。
そして、寝る前には、いい気分に戻してから寝るとするか!

みたいにねぇ。
予定を立ててるわけでもありません。

思考にしたってそうですよね。

起こったこと、反応したことに、スパイスを加えているのが思考です。
そのスパイスの中に、自分という観念や、ありとあらゆるレッテルがあるわけです。

そして、僕らが現実として捉えているのは、このスパイスの中にあるストーリーなんですよねー。

このストーリー以外のどこにも、現実は存在してません。

でね。
このスパイスって実体がないスパイスなんですよね!

あえて言えば、
ご飯を食べながら、イメージでスパイスを付け加えるようなものです。
焼肉を食べながらご飯を食べてることにしようっ!
って思いながらご飯を食べてるようなものですねー。

あ、なんか、若い頃、焼肉のタレとご飯ばっかり食べてた貧乏時代を思い出しちゃいました・・・。

ま、そういうわけで、実体のないスパイス。
それが思考の正体だというわけです。

行為者というコンセプトもこのスパイスの中の住人なんですよねー。

なので、
「実際は行為者はいません。」
とか非二元の話では言われているというわけです。
ま、実際には、いるでもいないでもどっちでもないんですけどね。

よくよく考えたら、心臓を動かしたこともなけりゃ、食べたものを胃で消化しなきゃ!って、胃を動かしたことすらないですもんねぇ。

身体に良い食べ物を食べよう!っていう思いも、自分がそうしているように見えて、そのアイデアの出所は元を正せば、自分がひねり出したというわけでもなく、単に起こったことなんですよねー。

そして、何かが起こっているという認識もまた、思考の中でレッテルを貼られた時に起こります。

レッテルが貼られなければ、起こらないんです。

なんでもないものに、実体のないイメージで作られたスパイスが振り掛けられ、色付けされているんです。

この色付けを含めて、全てが起こっていて、起こってない。
あるでもなく、ないでもない。
ありとあらゆるイノチのエネルギーのポテンシャルが、全てにみなぎっているんですよねー。

なので、あれこれと考えずに、一度そのポテンシャルに委ねてみるのも、いいと思います。
万能だと思っていた思考がいうほど役に立つものでもなかったことに気がつくかもしれません。

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