Life is like children playing house.

非二元、ノンデュアリティ、悟りからの目覚め。

深刻さは恐怖で誠実さは愛

f:id:takuteto:20180226222757j:plainまあ普段お仕事なんかをしておりますとね。

まあ普段お仕事なんかをしておりますとね。
ちゃんと深刻でいることが正しい!

みたいなねー。

そんな場面も多いと思うんです。

特に会議中とかね。

ヘラヘラ〜テヘラヘラン♪って

ニヤニヤしてたら、
「ヘラヘラ笑ってる場合じゃ無いぞ! 」
なーんて言われたりしてね。

真剣勝負の時に何をヘラヘラしとるんだ!
とか言われちゃったりして、、、。

まあ僕はもう子供の頃から「サボり道」を極めんと、
日々精進してまいりましたのでね。

真面目な顔しながら全く聞いてない。
という技に日々磨きをかけてきましたので、
会議中なんかでも、落書きをしたり、ネットサーフィンをしながらも、
表向きはしっかりメモを取ってるように見せかけるの術を使ったりしてますので、
その辺は手慣れたもんなんですけどね。

神妙な顔づくりなど、
サボり道をまだ極めきってない方には、
なかなかしんどい場面があったりすると思うんです。

時に本気で責任感を感じちゃったりしてねー。
深刻に受け取っちゃったりして。。。

そもそも、真剣勝負の場で、深刻にカチカチになってたら普段の力も出せへんやろ。ってことなんですけどね
えらいひとにはそれがわからんのです。
※足なんて飾りです。。。
ってね。

 

漫画なんかで出てくる達人っていつもリラックスしてますもんね。

それでいて、手を抜かないって感じでね。

僕なんかはどこで手を抜けるか?なんてことばっかり考えてますけど、、、。
ま、それでええんとちゃいますのん。って思うんです。

深刻になると物事が好転するっていうことはあまりないと思うんですよねん。
それよりも、深刻さが問題をどんどん大きくすることになるんやなかろうか?
なーんて思います。

リラックスしてれば、視野も広く見れますしね。

まあ、手を抜く手を抜かない。
みたいな話もねー。

オモロくて好きなことしてたら、結構没頭しちゃったりすると思うんです。

実力の差なんて実はそんなに重要なもんじゃなくて、
ちゃーんとオモロイをやってるかどうか?オモロイを味わいながらリラックスしとるのかどうか?

幸せか不幸せか?なんてのも、それだけの違いやったりするんとちゃうやろか?
なんて思ったりもしております。

僕は寝ることが好きなので、結構どこでもスコーンと短時間で寝ることができます。
ぼーっとしてるのも好きなので、結構ぼーっとしてても苦痛じゃないです。
あとは、文章書いてたり、落書きしたり、デザインしたりするのも好きかなー。

甘いコーヒーも好きですので、今も飲みながら書いてます。

そういう自分の中に隠れてる好きを幾つでも同時進行で味わう時間を増やすことに意識を向けてたらいいと思うんですよねん。
そうなってくると、今まで当然だと思っていた

「恐怖には従わなければならない」

「恐怖については対処しておかなければならない」

っていう強迫観念がね、
観念でしかなかったし、従わなくても結構やってけるやん!

ってなことが見れる余裕が出てくると思うんですよねん
観念に従わなくてのやっていけるやん!
が板についてくると、
観念の声が、単なる観念の声でしかなくなるわけです。

「はいはい。お疲れさん。今日もありがとねん。」
と観念をいたわることもできてくるんです。

で、恐怖からくる観念は置いておいて、
自身から湧き上がるワクワクに誠実でいますとね。

その表現自体がもう愛の表現になってくれるんやなかろうか?ってねー。
思うわけです。

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