Life is like children playing house.

非二元、ノンデュアリティ、悟りからの目覚め。

自由へのこだわりが自由を束縛するという話と、しょうががオモロイという話。

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「唇をふるわしながら紅ショウガ」

この句はですね。
僕が小学生の頃に必死に神妙さと戦っている時にふと頭の中に浮かんだ一説なんですけどね。
この句にはとても手を焼いたものです。

 

まあ、なんのこっちゃわからないと思いますので、
順を追って説明していきますとね。

まあ、僕は小学生の頃はろくに宿題もせず、勉強もせずで、
よく先生に怒られたんですよ。

まあ、怒られてちゃんと宿題をするようになるのなら良いわけですけど、
僕の中に宿題や勉強をしないことに対する罪悪感は一切皆無って感じでしたのでね。
怒られてる時だけは、神妙な顔を演じつつやり過ごしてたらええわ。

って感じやったんですよね。

で、そん時の先生は、口癖が、
ダメでしょうが!
宿題は約束事なんですから、ちゃんと約束は守らなきゃならないでしょうが!

みたいな感じでね。
語尾に、「〜しょうが」が付くんですよね。

その度に、
あ、ショウガ。
また、ショウガ。今日7個目、、、。
ショウガといえば、紅ショウガ。
てな感じで、心の中で考えてたんですけど、

その日の先生はもうめっちゃ怒ってはりまして、
唇震わせてはるんですよ。

うわー、えらい剣幕なショウガやわ。
と思った時に浮かんだ句が、
冒頭の句。

「唇をふるわしながら紅ショウガ」

なんですよね。

これが浮かんだ途端、もう笑いとの戦いです。
この場面はもう、最高傑作の神妙な顔を作らなきゃいけない時で、
ここで笑ってしまうと、もう先生の怒りがえらいことになりますのでね。

今までも何度か失敗して、何をニヤニヤしとるんやー!
と、怒りに拍車をかけてしまったことが何度かありましたのでね。
そうなると非常に面倒なことになりますので、
なんとか笑わないように、ショウガの数を数えていたのでありました。

って、、、なんやねんこの話。
っていうわけでございますけど、

ほら、自由にこだわるあまりに自由に束縛されるっていいますかね。

本来は自由なんだから、自分も自由になるんだ!
ってね〜。それはそれで良いんですけど、
仕事なんかしてると、時には思ってなくても深妙さを演じなきゃならん時があるやないですか。
そういう時は、楽しみながら神妙さを楽しく演じてやっても良いんやないかな?
って思うんですよね。

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