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Life is like children playing house.

人生はおままごとのようなもの。

周りの人へ

それのこと

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いわゆるねー、自我的な感情とか?思いとか?
そういうのもそのまんまにいさせてあげたらええんですよー、
そこに居ることを許してあげるんですー。ってねー。
ゆーてるわけですけど、
これってね。
自分だけじゃなくて、
他の人にもそうなんですよね。

ん?
どゆこと?

ってことなんですけどね。

よっしゃ!
アタイは、わかったわ!
わかったのよー!

って、なったとしてね。
でも、家族とか、周りの近しい人とかがね。

なんか不安とか怒りとかに悩まされてるとするじゃないですか。

するとね、
なんか、そのわかったことをなんとか教えてあげて楽になってくれれば良いなー。
って想ったりする事もあるかもしれません。

そういう思いから、
「あんたの不安ってのは幻想なんやで!」
「ないんやで!」
って言ってあげたい!みたいな気になったりしてね。

せやけどそれもねー。
ホントはいさせてあげたらええんですよね。

もしね、それがアカンっていう思いがあるのだとしたら、それって、その人が持ってる思いを否定している。ってことになりますのでね。

自分の中にある思考は許せてても、他の人の思考は許せてないみたいなことになってしもてね。
それって、どないやねん!ってことであって、

それでいて、ほんとのところは、
他の人の思いも自分が見てるわけであって、結局のところ自分の中の「思い」な訳でしてね。
結局そこでもう分離の概念を採用してしもてるんですよね。
自分も他人もありませんのでね。

実はすでに観念にはまりこんじゃってるんですよねー。

ということは、
自分を許せてないってのと同じようなもんなんです。

じゃあなんでもかんでも許さなきゃならんのか?
というとそういうことじゃなくて、その「許せん」という思いもまた、許してあげる感じなんです。

何かをするのではなく、そのまんまへの受容って感じでしょうかね。

じゃあ、その他の人の苦しみをほっとけばいいんか!
このひとでなしー!
なんて思うかもしれません。

でも、そういうことじゃなくて、
まずは自然体にあること。
そのことが、あなたの大切な人を否定することなく支えてあげることにもなりますし、
そういう自然体で寄り添ってあげたらいいと思うんです。

その上で、そういった準備ができた時に、自然と話が「非二元話」になるかもしれませんし、そういう時はそういう対話が起こるんだろうねー。
って思います。

起こらないなら、それはそれでいいんです。

この話は誰かが誰かに教えるっていうことでもないんですよねん。

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