Life is like children playing house.

非二元、ノンデュアリティ、悟りからの目覚め。

音と音がぶつかると無音になる。

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かーかっかっか!
おはようございます。タクさんです。

なんなん!
もう
なんなん!!!

ってなくらい仕事が忙しくイライラしております今日このごろでございます。
皆様はご機嫌にお過ごしでしょうか?

僕は京都出身なんですけどね。
京都には知恩院っていうお寺があるんですよ。
そのお寺の鐘は除夜の鐘でもよく知られとるわけですが、
まー大きな鐘があるんですよね。

その昔、かのアインシュタインさんもこのお寺に来はったらしくて、
その鐘の下にわざわざたって、鐘を鳴らして貰ったらしいんです。

音波と音波がぶつかると相殺して無音になる。

っていうのを実験してみたらしいんですよね。
で、実際に無音の場所を確かめたのだとか。。。

この技術はノイズキャンセルのヘッドホンとか高速道路の騒音を消す技術として、応用されとるんですけどね。
音を音で消すっちゅうわけですね。

よくね。
覚者さんなんかの話しとかを呼んでたりすると、
めっちゃ矛盾してることを言ってたりすることってよくあると思うんです。

こういうのも、波に対して逆方向の波をぶつけてる。
みたいなことなんだねぇ〜。
なーんて思ったりするわけです。

お釈迦さんは、
弦は張りすぎてもいけないし、緩めすぎてもいけない。
そのどちらでもないのがちょうどいい。
みたいな、
どうしたん?当たり前やん!
ってギタリストなら思うことを言わはったらしいけど、
これが中道ということなのかはまた別の話なのかもしれませんけど、

言葉では表現できない、どちらでもなく、どちらでもある。
起こっていて起こってない。
という部分なんですよね。

言葉っていうのは、その性質上、どうしても何かしらの意味がついちゃうわけなんですけどね。
どちらかに偏ってたら、その逆をぶつけてきたりすることで、かき消そうとしたりするわけなんですよね。

なので、やっぱり言葉の意味を追い求めると、真ん中を通り過ぎて逆の方向に行ってしまったりするんですよね。

で、振り子のように、こっちでもない、あっちでもないって繰り返しちゃったりしちゃうわけです。

つまり、言葉の中に真理はないわけなんですよねーん。

その言葉が権威的な超有名人のものであってもね。

なので、何かをわかろうとするよりは、わからんままに落ち着いてみるっていうのをオススメしてたりするんです。

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