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Life is like children playing house.

人生はおままごとのようなもの。

我に帰ってる時が実は物語だったりしてね。

それのこと

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フンフンフーンって軽快に歩いてたり、
ホンホンホーンってご機嫌に皿洗いなんかをしてる時にね。

ハッ!っと我に返って、
あかんあかん!
浮かれとる場合やないねん!
来月の家賃の工面をしとかなあかんねん!

さてさて、、、
どうするかー。

ああしようか?
こうしようか?
でも、ああしたらこれの具合が悪いし・・・。
なんて、考えちゃったりしてね。

たまにね。

まだ、私の中には私がいて、
私がいませんにはならないんですー。

ってね。
言われたりするんですけどね。

で、
「それは、私がいるって思ってる時だけおるだけですよー。」
「雨ふっとるわ〜!って思ってる時だけ、雨を認識してるのと同じでねー」

なんていうわけですが、
どうも僕の例えが悪すぎるんだと思うんですが、
雨=よくない感じのこと。
そして、今の私は、まだ私がいるので雨の状態。。。

みたいな捉えられ方してるなぁー。
って感じたりしたことがあるんですけどね。

そういうことじゃなくて、
誰にも最初っから「私」なんていてなくて、
そして、「私はいる」って思ってる人がいるとしても、
四六時中「私」がいるわけでもなくてですね。

結構、おらん時の方が多かったりするんですよね。

ハッって我に返って、あれこれと頭の中でおしゃべりしてる時だけ
架空の「私」という中心点を設けてるだけであってね。
普段は結構おらんかったりするんですよね。

なので、もしかしたら、我に返った!っていう時が物語で、
それ以外が真実だったりするかもしれないんですよねー。

そうそう、
僕、ちっちゃい時、
ヘリコプターが好きでしてね。

飛んでるのを見つけた時は、
「ヘリコプターやぁ!」ゆーて、見てたんですけどね。

その「ヘリコプターやぁ!」っていってる時だけ、
ヘリコプターがあるのと同じでね。

「ワタシやー!」
って言ってる時だけ私がいるように感じてるだけなんです。

「私はいません」
っていうのは、
そういうことを見抜いてるだけの話なんです。

見抜く誰かはいてませんので、単に見抜かれただけなんですけどね。

対象やと思ってたものは自分が見てるもんじゃなくて、
単に対象しかあれへんかった。
自分という思いも何もかもがその対象の中にあり、
対象しかないとなると、対象ですらなくなり、
ダイレクトさのみ!となるんです。

そのダイレクトさのみ!が単に見抜かれとるんです。

ヘリコプターやー!っていう感じもダイレクトさなら、
私が!ってのも同じくダイレクトさなんですけどね。

ややこしくなってきたので、この辺で今日はやめておきます。

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