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Life is like children playing house.

人生はおままごとのようなもの。

探求は難しくなきゃならん

探究の終り 自我ちゃんのクセ

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「それ」への探求は難しいものじゃなきゃいけないんですよ。
自我ちゃんにとってはねー。

だって、簡単だったら、それができない自分の立つ瀬がないじゃないですか。
で、自分ができないっていうことは、どうもこれは難しいものやないんじゃなかろうか?
と自我ちゃんは考えるわけです。

うーん。わからん。
わからんということは、まだ自分には足りない何かがあるはずだ!
っていう風に自我ちゃんは考えるわけなんですよね。

で、どんどん探求を深めていくわけなんですけど、
結局まだどうしても掴めない。
自分が完全に悟ったんだ!とはなれない。
となってくると、
これは、まだ心身の修行が足りないんだ。
と自我ちゃんは判断するんですよねー。

で、どんどん高度な修行を自分に課したりね。

わからないことがあると、
余計に修行をしようとしたり、なにかを掴もうとしたりね。
要するにわかろうとするわけなんですよね。

でも実は、
「それ」への探求において、自我ちゃんに出来ることってないんですよねん。

なぜなら、自我ちゃんなんてのもなけりゃ、私ってのもいないわけですからなんですが、
そんなことを聞いちゃうと、「私はいない」っていうのを掴もうとしちゃったりするわけなんです。

また、一瞥体験のような感じで「私はいない」が体験としてやってくる場合もあったりするので、今度はこの体験の状態を維持しようとしちゃったりするんですよね。

よくね。
自我ちゃん通常運転中ですー。
とか、
そのまんまにしておくんですー。
ってなことをこのブログでも書いてたりするわけなんですけど、
この言葉も
自我ちゃんの動きを無くしていって、静寂な感じを維持しようってなってる場合に、
うまくいってるときは良いんですけど、
どうにもうまくいかない!ってなって、どうにかしようとしちゃう。
ってなときに、ちょっと落ち着いてみるのに役立つかもしれません。

まあ、こういう話を難しくしようとすれば、ホントキリがないわけでして、
そういった勘違いが、
スピ系ワークにどんどん上級コースが出てきたり、
特別なエネルギーの伝授ってのがあったり、マントラの伝授みたいな物語が生まれたり、
さらに上級コースでさらにマインドがフルネスに!
みたいなうたい文句があったりしてね。

でね、それはそれで楽しーくやってはるので、もうそれで全然オッケーなんですよね。

でも、自分がもしそういったワークに深刻になっていて、どうしても何かに依存しちゃいがちで、それがなんか楽しーくない。
っていうのなら、ちょっと立ち止まって、
「なにをそんなに深刻になることがあるねん?」
「なにを難しくしとるねん?」
って、観てみたら良いかもしれません。

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